寒森新九郎は秋田藩年寄役筆頭です。食禄は八百石あまりですが、佐竹では由緒のある家柄です。しかし、強情でおまけに健忘家として名を売っています。物忘れはずばぬけていて「忘れ寒森」と云われていました。
江戸にいた佐竹義敦から早馬の使者がやってきます。
「秋田蕗の最も大きいものを十本、葉付きのまま至急に集めて送れ」という墨付きの上意です。
江戸城では諸国の大名があつまって、お国自慢が披露されます。義敦は茎の太さ二尺、全長一丈をこえる蕗のことを話します。しかし、万座の者からさんざん笑殺されたのです。
新九郎は眼をむいて云います。
「つまらぬ自慢話のために早馬の使者をたてるとは怪しからぬ、」
そう云って、主君に諫言するために二人の供を連れて秋田を出立します。ところが途中まできて、大変なことになります。江戸へ行く目的である諫言の仔細を忘れてしまったのです。
新九郎が出府します。数日前、義敦は諸侯たちに秋田蕗を調理してみごとにうっぷんを晴らしたのです。しかし、新九郎から小言をいわれると気づくのです。新九郎を数寄屋に招き、侍女の浪江に茶を点てさせます。浪江は「おこぜ」という綽名の醜女で年は二十六歳です。醜いながら愛嬌があります。
「急の出府はなにごとだ、、」
「は、、、真にご健勝にあらされ、、、、なんとも祝着に存じ、、、、」
新九郎の額に大粒の汗が噴き出しています。ああ、新九郎め小言の種を忘れたな、と義敦は察します。
「どうした、用向きを申さぬか、、」
「御意の如く、もちろん、新九郎といたしましても、遙々国許より、、その、、」
「なにを考えておる、押しかけ出府は筋ではないぞ、急用あらば格別、さもなくして軽々しく国許を明けるとは不埒であろう、新九郎どうだ!」
「恐れ入り奉る、実は、実は、、」
必死に顔を上げると、ふと侍女の浪江を見ます。その瞬間、苦し紛れの逃げ道をみつけます。
「我がままながら、このたび一生の妻とすべき者をみつけましたので、ぜひともお上のお許しをおね願い仕るべく、、、」
「ほう、嫁を娶りたいというのか、してその相手は誰だ」
「は、お上のお側におります者で、、、」
こうして新九郎は浪江を連れて秋田に戻ります。
浪江は秋田で主婦として手際よく家事を処理し、荒れ地を開墾し、秋田蕗を砂糖漬けにして秋田の名産として江戸に送りだそうとします。秋田蕗のことから、新九郎は諫言の中身を思い出します。再び江戸に参上して主君に忠告するという可笑味な娯楽小説となっています。