ペンシルベニア州アーミッシュ

アメリカ合衆国の特徴といえば、多様性(diversity)という言葉がぴたりと当てはまります。人種、性別、思想、言語、宗教、そして文化のどれにおいても多様な位相を示しています。多様性の語源としては、ラテン語の「divertere」「異なる方向に向ける」から由来すると言われます。多様性の一例が世俗から距離を置く人々の群れです。ペンシルベニア州のランカスター郡(Lancaster)には、アメリカで最も多くの「アーミッシュ」(Amish)の人々が暮らしています。アーミッシュとは、スイス系ドイツ人およびアルザス人 (Alsatian)を起源とする伝統主義的なアナバプテスト派(Anabaptist Christian)キリスト教会のグループです。彼らは、質素な生活、平服、キリスト教平和主義、現代技術の多くの便利さを取り入れることを返上することで知られています。アーミッシュは田舎暮らし、倹約、肉体労働、謙遜、ゲラッセンハイト(Gelassenheit)という神の意志への服従を重んじる人々の一団です。

アーミッシュの日常生活と習慣は、オードヌング(Ordnung)と呼ばれる暗黙の行動規範によって支配されていて、メイドゥン (Meidung)という、コミュニティが回避しなければならない規律を守っています。宗教的な教えにおいては、アーミッシュはメノナイト(Mennonites)とほとんど変わりません。聖餐式(holy communion)は年に2回行われ、信徒同士で足を洗うことで謙遜を覚える洗足式(foot washing)を実践しています。メノナイトとはアーミッシュやクエーカーと共に歴史的平和教会の一つに数えられ、非暴力、暴力を使わない抵抗と融和および平和主義を掲げるキリスト教宗派です。ボランティア活動に強い宗教的な重要性を置いてもいます。

アーミッシュは17歳から20歳くらいで教会で洗礼を受け正式な信徒として認められ、ます。宗教礼拝は「高地ドイツ語」(High German)で行われ、家庭では高地ドイツ語、ドイツのさまざまな方言、英語が混ざったペンシルベニア・ダッチ語(Pennsylvania Dutch)が話されており、日常会話でもよく使われています。高地ドイツ語とは、ドイツ語の方言を二分した場合の一つで、ドイツ南部の高地などで話され、現在の標準ドイツ語は高地ドイツ語に基づいています。

Buggy


礼拝は家庭や納屋で交代交代で行われます。納屋での礼拝ではベンチが並べられ、その後の食事用の食器や食材を満載した大きなワゴンが礼拝の会場に運ばれてきます。ほとんどのアーミッシュの家庭では、「殉教者の鏡」(Martyr’s Mirror)と呼ばれる聖書を置く特別な場所が作られています。日本の家庭でいえば床の間のような所です。「殉教者の鏡」は、アーミッシュの歴史を記録し、信仰のために命を捧げた多くのアーミッシュ、メノナイト、再洗礼派(Anabaptist)の先祖を讃える本です。アーミッシュとメノナイトのコミュニティにサービスを情報を提供している「バジェット」(The Budget)という60ページ位の週刊誌があります。1890年に創刊され、毎号2万部が発行されています。この新聞はオハイオ州のシュガークリーク(Sugarcreek)という町で出版されています。

アーミッシュは、そのほとんどが自作の私服を身につけ、独自のライフスタイル貫いています。男性と少年は、つばの広い黒い帽子、濃い色のスーツ、襟のないストレートカットのコート、幅広のズボン、サスペンダー、無地のシャツ、黒い靴下と靴を着用します。男性は結婚するとひげを生やしますが、口ひげを生やすことは禁止されています。アーミッシュの中でも、規律や伝統を厳格に守る保守派といわれる「オールド・オーダー・アーミッシュ」(Old Order Amish)の女性と少女は、ボンネット、肩にケープが付いた長い正装、ショール、黒い靴とストッキングを着用します。アーミッシュの女性は髪を切らず、後ろで束ねて、どんな種類の宝石も着用することを禁じられています。アーミッシュの服装は基本的に17 世紀のヨーロッパの農民の服装といわれています。社会の変化を嫌がり伝統を尊重し、世俗の変化に流されないという聖書の解釈を大事にするからだといわれます。

Horse Buggy

「オールド・オーダー・アーミッシュ」は自宅に電話をつけませんが、時折共同電話を使用します。彼らは自動車も使いません。代わりに自転車に乗ったり、バギー(buggy)という馬車を使ったりします。彼らの多くは緊急時には、会社が運行する車、電車、バスに乗ります。バギーは伝統的な箱のような乗り物ですが、必ずしも黒色であるわけではありません。それらの中には白、灰色、さらには黄色のものもあり、バギーの色によってどのアーミッシュやメノナイトのグループなのかが分かります。

バギーには、ヒーター、ワイパー、布張りのシートなどが装備されている場合もあります。しかし、電気は世俗との主要なつながりであり、地域社会や家族生活に有害な誘惑や世俗的な快適さをもたらす可能性があるとして、その使用を強く禁止しています。この禁止の例外としては、法律で点滅灯の設置が決められているとか、コミュニティの経済的生活が脅かされる特定の農機具が含まれています。たとえば、特定の搾乳設備は電気がなければ動作できないこと、電気柵は牛を飼育するために不可欠であると考えられる場合などです。ガスは、バーベキューグリルなどの機器の操作に使用され、ガス圧のランタンやランプは屋内照明に使用される場合もあります。「ニュー・オーダーアーミッシュ」(New Order Amish)と呼ばれる比較的進歩的な人々は、家庭内での電気の使用、車の所有、電話、コンピュータの使用が許されています。

Quilt

アーミッシュは優秀な農民と認められています。食料の大部分を栽培して保管し、店で購入するのは小麦粉や砂糖などの主食のみです。「オールド・オーダー・アーミッシュ」は、最新の農機具のほとんどを使用することを拒否し、現代の便利なものを使うのではなく額に汗して働くことを旨としています。彼らが使用する最新の機械は、多くの場合は電気ではなく、代替電源によって動作します。

アーミッシュは、隣人が総出で手伝う(barn raisings)棟上げ作業を大事にします。 こうした納屋造りの協力的な作業では、男性だけでなく食事を提供する多くの女性も参加します。 棟上げ作業は、アーミッシュの伝統、コミュニティ、産業、工芸を示す例です。納屋を飾るのに使うのが六角形の標識(hex signs) です。これは悪を追い払うために描かれた丸い幾何学模様の紋章(geometric emblems)で、「ペンシルベニア・ダッチ」(Pennsylvania Dutch)の農業コミュニティを表象するものとなっています。「ペンシルベニア・ダッチ」とは、17世紀から18世紀にかけてドイツ語圏からアメリカ合衆国に移住した人々の子孫、いわゆるゲルマン系ドイツ系アメリカ人のことです。

Barn Raising

アーミッシュは通常、自分たちの生活様式の写真撮影をとることを許しますが、彫像を造ってはならないというモーセ(Moses)の十戒(Ten Commandments)にある第二戒(Second Commandment)に違反すると信じて、自分の顔写真を撮ることを禁止しています。同じ理由で、アーミッシュの若い女の子が遊ぶ人形には伝統的に顔がありません。楽器も「オールド・オーダー・アーミッシュ」によって禁止されています。楽器を演奏することは、アーミッシュの生き方の中心にある謙虚さ、形式ばらない精神からみると「世俗的な」行為になると彼らは考えているのです。

アーミッシュが信じている人生は、イエス・キリストを模範として示されるものです。 他のアーミッシュはアコーディオンやハーモニカなどの楽器を私的に演奏することはできますが、公の場では決して演奏しません。しかし、仕事でも遊びでも、家庭でも教会でも、歌うことはアーミッシュの生活にとって重要です。オースバンド(Ausband)と呼ばれる彼らの賛美歌からの抜粋が一般的に歌われています。グループでの歌唱は常にユニゾンであり、決して合唱することはありません。賛美歌を歌うことは日曜の夜、特に若いアーミッシュの間で人気があり、その際には「薄い本」(thin book)と呼ばれる別のテンポの速い賛美歌が歌われます。

Amish Women and Children


アーミッシュの少女や女性のグループが丁寧に縫い上げたキルト(quilts)は観光客に人気があり、コレクターからも高く評価されています。ミツバチの巣のデザインをしたキルト作りはアーミッシュの女性にとって社交とリラクゼーションの一形態といわれます。グループでの作業はコミュニティと協力というアーミッシュの美徳を反映しています。キルトはカラフルな模様を使った複雑なデザインにすることができるのですが、派手で誇り高いと考えられる表現的なパタンがない場合もあります。キルトや六角形をしたヘックスサインなどの手作り工芸品、パンやパンの中身と糖みつを混ぜて詰めた「パイシューフライパイ」(shoofly pie)などの有名な焼き菓子やパンの販売は、アーミッシュの家族の一般的な収入源です。エリザベス・コブレンツ(Elizabeth Coblenz)という女性料理研究家のアーミッシュレシピは何百もの新聞に掲載され、彼女の料理本は国際的に知られています。

アーミッシュの子どもたちは通常、コミュニティが運営するワンルームの学校に8年通います。8年間の就学は1972 年の連邦最高裁判所(U.S. Supreme Court)の判決によって認められました。教師は女性で英語で行われ、読み書き、数学の基礎に重点を置いています。アーミッシュの歴史、農業や家事の実践的なスキルも教えられます。プロテスタントの分離主義派の信徒は他の宗派へ移りがちなのです。同様にアーミッシュの子どもたちを信仰共同体に留まるよう説得するのはしばしば困難なようです。若い男性がメノナイト教会や他のあまり厳格ではない教会に移ると、アーミッシュはよく「髪を切った」“He got his hair cut.”と言います。若者が信仰を完全に放棄すると、その人は「イギリスに行った」“He went English.”と言われます。アーミッシュの若者の中には、教会に献身する決断をする前に、「ラムスプリンガ」(rumspringa)と呼ばれる通過儀礼に参加する人もいます。この期間中、彼らは行動に対する制限が少なく、オルドナングの対象にはなりません。ほとんどの若者は最終的には洗礼を受けることを選択します。

Softball


アーミッシュは控えめで謙遜な生活態度を大事にしていますが、皆で娯楽やゲームを楽しむことは妨げられてはいません。バレーボールとソフトボールは多くのアーミッシュの家族に人気があります。こうしたスポーツは、純粋に楽しみのために行われており、試合ではありません。花畑作りも許されています。 一日の仕事が終わり、子どもたちの学校の勉強がすむと、アーミッシュの家族は一緒に本を読んだり歌ったりして、翌日の家事に備えて早めに就寝するといわれます。

アーミッシュは州や国家の政治には関与せず、平和主義者として兵役にも参加しません。いわゆる「良心的兵役拒否」 (conscientious objection)です。信仰上の理由や広く思想的・政治的な信条から、兵役につくことや兵役に応じても戦闘業務につくことを拒否することです。彼らはまた、社会保障やほとんどの種類の保険を否認し、困っているアーミッシュの家族を助けるために互いに資金を出しあっています。医師、歯科医、眼鏡店に通うこともあります。アーミッシュは質素で穏やかな方法で共同体を維持し、できるだけ社会からの独立を維持しようとしています。こうした世俗から超越した生活態度の人種は世界的に稀なようです。
(投稿日時 2024年4月4日)