懐かしのキネマ その29 政治体制への批判と音楽 【Le Concert】

人種偏見や迫害を描く映画は残酷なイメージを抱きがちですが、必ずしもそうではありません。ユーモアとエスプリ(esprit)が効いた体制批判の映画もあるのです。それが2009年にフランスで製作された「コンサート」【Le Concert】です。ユダヤ系ロシア人が音楽を通じて長い厳しい道を歩みつつ、なお弛まなく挑戦する姿を描いた名作です。音楽好きな人も映画が好きな人にも是非観てもらいたい作品です。

映画【Le Concert】の荒筋を紹介します。舞台はモスクワ(Moscow)のボリショイ(Bolshoi Theater) 劇場です。かつてボリショイ歌劇場交響楽団(Bolshoi Theater Orchestra) で世界的な指揮者「マエストロ」といわれたアンドレ・フィリポ (Andrey Simonovich Filipov) は、今は同劇場の掃除夫として働きアル中になっています。アンドレは30年前に、当時のブレジネフ政権(Leonid Brezhnev)によるユダヤ人楽団員の排斥に抵抗したために、チャイコフスキー(Tchaikovsky)のヴァイオリン協奏曲ニ長調を演奏中に秘密警察、KGBのエージェントであるイワン・ガブリロフ(Ivan Gavrilov)によって中止させられ、団員とともに楽団を解雇され掃除夫となっています。

アンドレが劇場支配人の部屋を掃除しているとき、一枚のファックスが出てきます。アンドレはそれを手にとって読むと、パリの有名なシャトレ劇場(Chatelet Theatre)からのもので、ロサンジェルス交響楽団(Los Angeles Philharmonic Orchestra)の代わりにボリショイ楽団にパリで演奏してもらいたいという招待状なのです。アンドレはそのファックスを手にして、かつての団員に呼びかけオーケストラを組織し、ボリショイ楽団になりすましてパリで公演しようと画策するという奇想天外な展開です。

アンドレは、古いユダヤの音楽やジプシー音楽を弾いているかつての団員など、追放された仲間に声をかけてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をシャトレ劇場で演奏しようと持ちかけるのです。この曲はKGBによって中止に追い込まれた怨念の曲でありました。なりすましのボリショイ楽団はパリ公演のためにパスポートを業者に偽造させたり、楽器は借り物、演奏会用の洋服や靴をそろえるなどドタバタが続きます。そしてパリにやってくるのです。だが団員は物見遊山ツアー気分で、パーティを楽しんだり、持参したキャビア(caviar)を売ったり、タクシーの運転手などをして金儲けを始める有様です。そんな状態で団員は集まらずリハーサルは流れてしまいます。

パリに在住するヴァイオリニストのアンマリー・ジャケ(Anne-Marie Jacquet)は、ヴァイオリン協奏曲の演奏者として出演を依頼されます。彼女は、ロシア以外でも有名だったアンドレと一緒に演奏したかったので申し出を引き受けます。かくしてパリでの公演の幕が上がります。ですが練習不足やリハーサルなしのぶっつけ本番で、調子っぱずれの演奏が始まるのです。聴衆はざわつき始めます。それでも、自主的にハーモニーを引きだそうとする団員の気持が浸透し、だんだんとオーケストラも調子がでてきます。アンマリーの類い稀なるヴァイオリン独奏の技巧にも聴衆は魅了されていきます。パリ公演は大成功裏に終わり、その後この楽団はアンドレを指揮者とする「アンドレフィリポ・オーケストラ」として再出発します。世界各地での演奏会にはアンマリーがいつも独奏者として同行するというストーリーです。