ヨーロッパの小国の旅 その十五 ブルガリアの歴史

ブルガリア(Republic of Bulgaria)は、東ヨーロッパの共和制国家です。世界地図を眺めますと「ヨーロッパの火薬庫」といわれたバルカン半島(Balkans)の東に位置し、北にルーマニア(Rumania)、東は黒海(Black Sea)に面し、南にギリシャ(Greece)とトルコ(Turkey)、そして西にセルビア(Serbia)、マケドニア(Macedonia)に接しています。実に複雑な地政学的な位置にあり、その歴史も複雑です。

中世期までの歴史は省き、その後のブルガリアの歴史を辿ってみます。第一次ブルガリア帝国(First Bulgarian Empire)は11世紀に東ローマ帝国に滅ぼされ、再び東ローマ帝国領となります。12世紀末に再び独立します。しかし、第二次ブルガリア帝国(Second Bulgarian Empire)は1242年のモンゴル人の侵攻によって打撃を受けて衰退し、1393年にオスマン帝国(Ottoman Empire)に滅ぼされます。以降、485年もの間オスマン帝国の支配下に置かれます。

1877年にロシア帝国はブルガリア内の抵抗勢力と共にオスマン帝国に宣戦を布告します。1878年オスマン帝国は敗北しサン・ステファノ条約(Treaty of San Stefano)を受け入れて、ブルガリアは 1878年3月3日に自治公国(大ブルガリア公国)(Great Bulgaria Principality)として独立します。この日は現在でも自由解放記念日として国の祝日となっています。

しかしブルガリア公国は、事実上ロシアの保護国であり、その領土がエーゲ海(Aegean Sea)まで伸張しロシアの南下政策を容易にしていきます。そのことに対し、イギリスやオーストリア・ハンガリーの国々などが懸念を抱き、こうした大国はロシアとトルコ戦争の戦後処理に関する1878年のベルリン条約(Berlin Treaty)に介入し、ブルガリアの領土を縮小してロシアの南下政策を牽制します。

1908年、オスマン帝国で青年トルコ人革命が勃発したことに乗じて、ブルガリアは独立を宣言します。1909年に国際的に完全な独立を承認されブルガリア王国が成立します。