1968年の”プラハの春”を圧殺したワルシャワ条約機構軍のチェコスロバキア侵入から22年後、1990年8月21日の記念日の挨拶を、新生チェコ、及びスロバキア連邦共和国大統領ヴァーツラフ・ハヴェルはこう結びます。
「我々はすでに20年を失いました。これから一日たりともゆるがせにできません。」
「プラハの春」とは「人間の顔をした社会主義」の試みと、ワルシャワ条約機構軍による侵攻のことです。東欧における共産主義体制の崩壊と、その中での市民の闘い、そして「ビロード革命」に至るまでの道のりは、現代民主主義を理解する上でも非常に重要な歴史的な転換点といわれています。本欄では10数回に渡りチェコスロバキアの歴史で忘れることの出来ない民主化運動をとりあげていきます。


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