無関心や傍観の帰結 その一 マルティン・ニーメラー

Last Updated on 2025年6月10日 by 成田滋

ドイツの福音主義(Evangelical) 神学者で元海軍軍人、古プロイセンルター派の合同福音主義教会(united Evangelical Church) にマルティン・ニーメラー(Martin Niemöller)という牧師がいました。彼は反ナチス運動家として知られ、『ナチスが共産主義者を攻撃したとき』(Als die Nazis die Kommunisten holten)に記した詩が知られています。それを解説いたします。

Ds. Martin Niemöller

 元東大教授で政治学者であった丸山眞男は、「現代における人間と政治」という自身の論文の中で、ニーメラーが記した詩を次のように訳しています。

  • ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
  • それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
  • それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
  • さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。

 ニーメラーはこのように告白し、ナチスの迫害が「共産主義者→社会主義者→労働組合員→ユダヤ人→私」と続いて始まったと述懐します。ドイツ共産党は1933年2月から3月にかけて弾圧・解体され、社会民主党員の多くがほぼ同時期に強制収容所に収容されます。労働組合は同年5月に解体されていきます。それでも1924年以降、ニーメラーは ナチス党に投票し、1933年のヒトラー内閣成立も歓迎します。

 1933年4月にナチスドイツは職業官吏再建法(de:Gesetz zur Wiederherstellung des Berufsbeamtentums)を発布し、その第3条で「アーリア系でない官吏は退官させることができる」と謳います。ドイツ国民をアーリア人種の一民族として賛美し、他方でユダヤ人や黒人、インドを発祥の地とする少数民族のロマ族、いわゆるジプシー(Gypsy)を「非アーリア人」として貶めることになります。これが「アーリア条項」(Aryan Clause)」と呼ばれるものです。ユダヤ人の迫害、ホロコースト(Holocaust)が始まったのは1933年といわれます。

ニーメラーの牧師館

 やがてニーメラーは告白教会(confession church)の創立者の一人となり、ドイツにおける福音主義教会のナチス化に強く反対するようになります。そしてニーメラーの発言や礼拝説教は次第に野党的なものになります。さらに教会外に対しても反ナチス運動を開始します。教会内には、ナチス支持勢力であったドイツ・キリスト者との対立が生じていたのです。ナチス政権は、ドイツ・キリスト者信仰運動を利用して,その宗教政策を推進しようとします。これに対してプロテスタント教会内に抵抗運動が起こり、1934年5月ニーメラーらの指導により「牧師緊急同盟」が結成されます。これが「ドイツ教会闘争」と呼ばれた運動です。そのために1937年に逮捕され禁固7か月という判決が下されます。保釈後、秘密警察ゲシュタポ(Gestapo) によって再度拘束され、ザクセンハウゼン強制収容所(Sachsenhausen concentration camp) に収監されていきます。

 最終的には、ニーメラーは告白教会内においてラディカルな路線を選ぶのですが、ユダヤ人が収容され始めた時期や、カトリック教会への攻撃が本格化した時期を体感できなかったと述懐しています。それが、「自分は共産主義者でも社会主義者でもユダヤ人でもなかった。それ故何も行動しなかった。」と告白しているのです。

 このニーメラーの告白は、もし私たちが社会的な課題に注視し関心を持たないならば、いつの間にか正義や自由は危険な状態になるというのです。今日の政治、経済、社会に横たわる問題に積極的に向き合い、関わっていくことの重要性を伝えています。

【なによりも文化民族にとってふさわしからぬことは、抵抗することもなく、無責任にして盲目的衝動に駆り立てられた専制の徒に統治を委ねることである。現状はまさに、誠実なドイツ人はみな自らの政府を恥じているのではないか?】  (白薔薇は散らず)より引用

参考書:丸山眞男『増補版 現代政治の思想と行動』未來社
    丸山眞男『日本の思想』 岩波新書
    インゲ・ショル 『白薔薇は散らず』 白水社
  

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