暗号技術の歴史 その三 ナバホ・コードトーカー

Last Updated on 2025年7月11日 by 成田滋

第二次世界大戦中に、アメリカではナバホ族(Navajo) の人々がコード・トーカー(暗号解読者、 Code Talker)として従軍しました。その他にチョクトー(Choctaw)、コマンチ(Comanche)、セミノール(Seminole) などの先住民が日本やドイツとの戦争に参加し、自分たちの言葉を駆使して暗号通信に携わりました。アメリカ軍が使った用語には先住民たちの言語には存在しない単語がありました。

ナバホ族のカードトーカー

 通常の暗号通信は暗号機を使わなくてはならず、複雑なものほど作成や解読に時間がかかります。前線で使用される暗号は比較的簡易ですが、解読に数時間を要し、これは一刻を争う戦場では重大な欠点となります。敵にとって未知の言語と英語のバイリンガル話者による会話なら、その場で英語への翻訳が可能となります。アメリカ海兵隊は、このように非常に話者が少なく、文法も発音も複雑な「ナバホ語」を戦線にて使い通信することを思いついたのです。こうして、ナバホ族に加えてチョクトー族、コマンチ族出身者がコード・トーカーとして従軍しました。

 ナバホ族約400名が暗号兵としてアメリカ軍に徴用され、サイパン島(Saipan Island)、グアム島(Guam Island)、硫黄島、沖縄戦に従軍します。これらの部族語に共通するのは、いずれも文法が複雑な上に発音も特殊で、幼少時からその言語環境で育った者でなければ習得や解明が極めて困難でした。しかもインディアンは絵文字のほか固有の文字を持たず、当時はほとんど文書化されていませんでした。音の体系が英語と大きく異なり、非話者には聞き取りも翻訳も極めて困難でした。

コードトーカーの従軍兵

 インディアンの語彙には近代戦の軍事通信に必要な語彙がほとんどありませんでした。アメリカ軍はその教訓から、英単語をそれと同じ文字で始まる別の英単語に置き換え、さらにそれをナバホ語に翻訳するといった置換暗号を作成し、英語で表現できる単語は何でも訳すことができるようにします。たとえば「飛行機」は「鳥」、「爆撃機」は「妊娠した鳥」などと言い換えていました。また、英語のアルファベットの各文字を、ナバホ語の1単語で表現していました。猫を意味するナバホ語「moasi」は、同じ意味の英単語「cat」の頭文字である「c」として使われました。その際、特別な意味を持たせたナバホ語やコードブック(暗号書: Code Book)を使うことにより、交信をさらに暗号化していきます。ナバホ族コードトーカーは、8週間の訓練課程でこの暗号表を丸暗記しなくてはならなかったといわれます。

 これらの暗号はその後も再び使用される可能性があったため、1980年代まで米軍の機密情報として扱われていました。暗号技術の発達と利用は暗号機の機械的な操作だけでなく、少数というか稀少の言語を通した交信によっても大きな成果を生み出したのです。日本でいえば、大戦中にアイヌ語の話者を暗号通信に利用できたかもしれないということです。

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