【枕草子】と清少納言

Last Updated on 2025年2月26日 by 成田滋

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。略」(枕草子) 

 有名な節で四季や山河、空などの描写が絵として浮かぶような筆遣いです。『枕草子』は、平安時代中期に一条天皇の中宮定子に仕えていた清少納言により執筆されたとされる日本最古の女流随筆文学です。319段(章)から成るといわれています。源氏物語と並ぶ平安文学の双璧とされる作品です。

枕草子から

 『枕草子』は源氏物語よりも早く作られていたようです。紫式部は清少納言の言葉遣いに魅了され、その雰囲気を真似て書いたと思われる部分が多々見られるそうです。そのような箇所を確認するのは、私には到底適いません。二人は同時代に生きていたようですが、碁で対局したかどうかは不明です。互いに別の生活をしていたからだろうと察します。

 『枕草子』から囲碁に関する描写を見てみましょう。141段に次のような描写があります。

「碁をやんごとなき人のうつとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひおくに、おとりたる人の、ゐずまひもかしこまりたる氣色に、碁盤よりは少し遠くて、およびつつ、袖の下いま片手にて引きやりつつうちたるもをかし」

 碁を打つ身分の高い人は衣の紐を解き、相手をあなどるような態度で、下手な人はかかしこまったような様子で、なんとなく及び腰のように袖の下を引くのか可笑しいという観察です。興味深いのは、筆者自身が碁を打つ時の感情が記された箇所です。178段の「したり顔なるもの」の一節です。清少納言は碁を嗜み相当の棋力だったことが伺える描写です。

「碁をうつに、さばかりと知らでふくつけきは、又こと(異)所にかかぐりありくにことかたより目もなくして、多くひろひとりたるもうれしからじや。ほこりかにうちわらひ、ただの勝ちよりはほこりかなり。」

 碁を打つとき、相手は味が悪いのに気づかず、欲張って別のところを打っている間に、自分は思いもよらぬ方面から打って眼形を奪い、ついに本体の大石を仕留めてしまう。こんな勝ちかたはうれしいものだ。高笑いして、地を囲ってただ勝つよりずうっと誇らしい、といった按配になります。

 その一方、上手ぶって相手の石を取ろうと打ち下ろしたところ、失敗して、相手の石は生き、自分の方の石は死んで拾い取られた心地、という一節もあります。こうした記述から筆者が対局する様子が浮かんできます。こうした描写は、今も碁会などでよく見かけるシーンです。次は192段の「心にくきもの」にある描写です。

「夜いたくふけて、御前にも大殿籠り、人々みな寝ぬる後、外のかたに殿上人などのものなどいふに、奥に碁石の笥(け)に入るる音あまたたび聞こゆる、いと心にくし」

 夜中に奥の部屋で碁石を碁笥に入れる音が聞こえてくるのは、たいそう奥ゆかしいものだ、と記すのです。「心にくし」とは、あらわには示されていない相手の人柄、態度、センスなどに、上品な深みを感じて、心ひかれるというのです。

 「清少納言」の姓は清原といわれます。天皇の奥方に仕える『女房』という職として「少納言」という名を使ったようです。清少納言と紫式部。彼らが残した文学作品は、日本ばかりでなく世界にもしっかりと輝いています。

参考:石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫) (2023 年7 月12 日)

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