Last Updated on 2025年5月30日 by 成田滋
2025年5月19日の参議院予算委員会でで、石破茂首相が答弁した内容が物議を醸しています。国民民主党議員が「財政的な制約があるから減税を躊躇しているのか? 減税して消費を増やすべきだ。」と迫ったのに対し、首相は次のように答弁しました。
金利がある世界の恐ろしさをよく認識する必要がある。日本の財政状況は間違いなく極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくない状況だ。税収は増えているが、社会保障費も増えている。減税して財源を国債で賄うとの考えには賛同できない。
消費税率引き下げの是非を巡る議論の中で、減税に反対する文脈で出た発言のようです。しかし、この答弁の内容のタイミングが問題です。現在日銀は長年の金融緩和を巻き戻そうと国債買い入れを段階的に縮小しようとしています。市場参加者がすでに金利上昇に神経質になっています。こうした理由で、首相の答弁は日本の財政問題を再び論点とする結果となっています。「金利がある世界の恐ろしさ」というのは、国債の利回り(金利)懸念しているようです。日本国債の大半は国内で保有され、日銀、銀行、保険会社、年金基金などが購入しています。外国勢は6.4%でしかありません。ユーロ建て国債の大半を外国人投資家が保有し、債務不履行になったギリシャとは事情が違います。
石破首相は減税を求める世論を翻意させるつもりだったようです。つまり消費税の減税による福祉や教育など公共サービスなどをどのような財源で補うのかという問いに関連しています。しかし、公共サービスの削減には耐えられない国民に向けて語るには、あまりに無責任な発言です。この発言は、風説の流布や偽計、相場操縦などの不正取引を禁止する金融商品取引法第158条に違反するのではないかという専門家の指摘があります。こうした首相の発言は国際問題にも発展しかけないのです。海外メディアも少々騒ぎ出し金融市場が揺れたようです。
日本とギリシャの財政事情の共通点は債務の大きさです。経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)によれば、日本の債務は国内総生産(gross domestic product: GDP)の240%相当といわれます。ですが日本はドイツに次ぐ債権国で、資産から負債を引くと、対外純資産は543兆500億円となっています。総資産は1京3288兆円であり、政府の純資産は潤沢なのです。現在の日本国債が抱える問題は、需要と供給の不均衡にあります。財政投資が少ないために増税によって政策経費を賄おうとし、資金が市場に出回らず、個人の所得も増えないのです。政府の財政状況は、貸借対照表の資産と負債との対比で把握すべきなのですが、首相のように国債とGDPとの対比だけで説明するのは間違いなのです。国際通貨基金(IMF)の資料では、日本の財政状況を資産と負債でみれば、G7の中で2番目に良いと発表されています。ちなみに貸借対照表から見える財政状況が最も良い国はカナダ、次に日本、ドイツ、アメリカと続きます。
石破首相のような不用意な発言は以前にもありました。2010年、当時の菅直人首相も同様にギリシャ型の財政危機に言及し、増税を呼びかけたことで国民に衝撃を与えました。そして、ギリシャの財政状況は今や大きく改善され、ムーディーズ(Moody’s Corporation) は2025年3月にギリシャを投資適格級に格上げしています。ムーディーズとは2大格付け会社の一つで、企業や債券などの信用力を調査し、信用格付けを行っています。仮に首相がユーロ圏危機時のギリシャを念頭に置いていたとしても、その比較自体が誤りであることに変わりはありません。
石破首相の不用意な発言は国債利回りへの圧力を強め、介入を現実味あるものにするかもしれません。アメリカの信用格付けがムーディーズ によってまたも格下げされかもしれないのです。ムーディーズによる日本国債の格下げは2011年8月と2014年12月に行われています。財務省はこうしたムーディーズの日本国債の格下げは根拠を欠くとして、以下のような意見書で反論しています。
・マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国である。
・国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている。
・日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高である。
こうした日本の財政状況にも係わらず、今回の首相の不用意な発言は国債利回りへの圧力を強め、介入を現実味あるものにしてしまっています。首相の資質と識見を欠く日本の財政状況の発言は、トップリーダーとして失格といわなければなりません。
