アフリカ系アメリカ人(African American)の民族音楽といえば、彼らの教会から生まれた宗教的霊感に満ちた黒人霊歌(Spiritual Song)、アフリカの伝統と解釈される労働歌、第一次大戦後、南部農業地帯から北部の都市に移動したアフリカ系アメリカ人が歌ったブルース(Bruce)などがあります。
黒人霊歌には、悲しみ、落胆、絶望、喜び、信頼、失敗、勝利の感情表現があります。神とその正義を信頼する歌なので、憎しみの表現はありません。これは驚くべきことです。労働歌は共同の農作業、道路工事などに従事する黒人が歌ったものです。
アフリカ系アメリカ人はポピュラー音楽にも強い影響を与えてきました。数え切れないほどの歌手やグループが活躍します。ゴスペル音楽はアフリカ系アメリカ人の間で愛好され、マリアン・アンダーソン(Marian Anderson)のような歌手によって最高の形式に高められたといわれます。彼女の深い響きを持つ低声は、力強さを感じさせ劇的な表現力を持った名実ともにアメリカを代表するアルト歌手といわれました。1960年代にはアメリカポピュラー音楽の本流と混合し「ソウル(soul)」と呼ばれる新しいロックスタイルを生みだしていきます。
アメリカの霊歌「Spiritual」には奥深い歴史があります。霊歌という言葉は霊魂の歌「Spiritual Song」を縮めたものです。既存の讃美歌や聖歌と形式や内容も違います。霊歌はアフリカ系アメリカ人と結びついています。綿花畑(Plantation)で働く奴隷の信仰復活運動の讃美歌で、アフリカの答唱歌の伝統に基づいています。先唱者がいて、会衆がそれに答えて一行一行歌うのです。集会や礼拝で霊歌をきく人々は、心が自然と高ぶり、あたかも霊に動かされるように一緒にハレルヤ、アーメンと歌い出したり叫んだりします。
19世紀後半になると、フィスク大学(Fisk University)大学で生まれたアフリカ系アメリカ人のア・カペラ(a cappella)アンサンブル、フィスク・ジュビリー・シンガーズ(Fisk Jubilee Singers)が古い聖歌を蒐集して編集し、多くの霊歌が広まります。