学問の世界においては、ラテン語はなお権威ある言葉であり世界的に高い地位を有する言語です。現在でも学術用語にラテン語が使用されるのには、そうした背景があります。ラテン語の知識は一定の教養と格式を表すものであり、大学のモットーにラテン語が使われます。例えばウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)の紋章には ”Numen Lumen” というラテン語が使われています。“God, Our Light”と訳され “神は我が光なり” という意味です。ハーヴァード大学(Harvard University)の紋章には ”Veritas”というラテン語が印字されています。こちらは真理 “Truth” という意味です。
21世紀の今日、言語学的にラテン語は「死語(dead language)」と呼ばれますが、文化的に死語では決してありません。漢字の誕生は紀元前の中国に遡ることができます。漢文化の影響を受けた日本人は、今も漢字を用いることによって新しい文化を創造し続けています 。同様に、ラテン語の圧倒的な影響を受け続けたヨーロッパ人は、自国の言語を用いながらも、ギリシアやローマ文化の影響を陰に陽に今を語り未来に遺産を伝えているといえます。
ラテン語を勉強してなにか良いことはあるのか、という問いを考えましょう。それは漢字を学ぶことがヒントとなります。白川静氏が常用漢字の基本字典である字統や字訓を著し、漢字の偏と旁にそれぞれ意味が込められていることを解説しています。そして漢字をその文化の歴史的な展開の中で学ぶことを示しました。それと同じです。ラテン語を学ぶことは、私たちが日々接している英単語や、広い意味でのヨーロッパ文化の源流が、ギリシア・ローマ文化であることを知ることになるのです。英語という川を遡ると、その源流がラテン語であることを見つけることできるのです。
大学教員の肩書きに出てくるPh.D. (博士号)は、doctor philosophiaeというラテン語の略語で、「哲学を教える資格をもつ人」の称号とされます。Ph.は「哲学」のことで、医学・法学・神学以外の全学問を意味します。哲学が学問の代名詞とみなされた時代の名残です。一見見慣れた英単語の一つひとつにも歴史があります。英単語の成り立ちを語源に即して調べるのは、一種の知的な遊びといえましょう。