心に残る一冊 その146 「やぶからし」 その三 抜打ち獅子兵衛

1940年2月の「講談雑誌」に収録された作品です。抜打ち獅子兵衛こと館ノ内左内は、お家再興を願っていたのですが、幕府や主家親族諸侯の冷たい態度から、御家再興に見切りをつけます。そして、往来繁華な両国広小路で賭け試合を行って話題を撒きます。

両国広小路は、人馬旅行客の往来は絶えず、旅館、茶店、見世物小屋などが軒を並べて賑わっています。その広小路の真ん中に次のよう高札が立ちます。

賭け勝負(木剣真剣望み次第)
  試合は一本勝負
  申込みは金一枚
  うち勝つ者には金十枚を呈上
  中国浪人、天下無敵
      ぬきうち獅子兵衛

軀つきこそ逞しく堂々としていますが、年は若く色白で眉の濃いなかなかの美丈夫です。しかも恐ろしく強く、その人気はすばらしいものです。群衆の歓声を浴びながら、出雲国広瀬三万二千石、松平壱岐守の子で虎之助が三人の供をつれて左内の前に現れます。虎之助は「鬼若様」と綽名されています。その活躍振りを私かにながめていたのが倫子という女性です。柘植但馬守直知という備中新見二万石の領主がいましたが、早逝したため藩は取り潰しとなります。その遺児が倫子でした。

鬼若様の供で左内に見事に打ち負かされた綿貫藤兵衛がやってきます。
「昨日お手合わせを仕った、拙者主人の申しつけでこれより屋敷へご同行願いたく参った」
「結構です、参りましょう」
「そんな口車に乗っちあ危ね、昨日の遺恨があるんだ、殺されちまいますぜ!」
「お止めなさい、先生、」群衆が云います。

左内は支度を直したうえ、藤兵衛に導かれて松平虎之助の前へでます。そして自分の禄をはむ気はないかとたずねられます。
「お言葉、身に余る面目に存じます」
「私にお願いがございます」
「できるこなら聞いて遣わそう」
「はなはだ不躾なお願いでございますが、こなた様に奥方をご推挙申し上げたいのでございます」

このことを云いたいがために、眼に尽きやすい両国に高札をたて、虎之助が来るのを待っていたというのです。
「ほう、、そうすると賭勝負は余を誘い出す手立てだと申すか、
「左内、余に娶れというその相手はいかなる身分の者だ、」
「こなた様とお見込み申し上げます、先生、ご改易に相成った柘植但馬守でございます」

左内らはお家廃絶のあと、家中離散のなかより不退転の者たちが御後室妙泉院の御息女倫子を護ってきたことを伝えます。
「お年は十七歳、御怜悧の質にて世に稀なお美しさをもちながら、このまま生涯、日陰のお身の上かと思いますと、わたくしども臣下の身にとり残念とも無念とも申しようがざいません」

「左内、、、、、それでよいぞ」
「もうなにも申すな、、そのほうほどの者に見込まれたら逃げられまい、」