心に残る一冊 その115 「樅ノ木は残った」 その二 伊達家分断の密約

やがて原田甲斐は、伊達兵部宗勝の推挙で国家老につきます。陸前にある金鉱山が、藩内の権力を欲しいままにする兵部宗勝に加えられます。その領分の中に伊達家の金山も含まれていました。その鉱山から産する金は兵部に属するか伊達本藩に属するかという問題が生じます。甲斐は、「その所領にあるものは領主に帰属する」と兵部に有利な評定をします。

甲斐の判断は安芸宗重、柴田外記といった伊達家重臣には不利なものでした。彼がこうした裁定を下したのは、藩内の紛争を表立てしたくないという意図がありました。もし係争が幕府に持ち込まれれば内政紊乱の口実により、伊達家の存立を危うきものとすると考えたのです。周りには甲斐の態度は煮え切らないもどかしい人物に映り、不満や疑心が高まり側近は去っていきます。甲斐は四面楚歌のような状態に置かれていきます。

甲斐はやがて、幕府の大藩お取り潰しという基本政策があることを知ります。手始めに伊達藩が目をつけら、しかも御家内のゴタゴタと見せかけての謀略であることを察知します。それゆえ、家中のいかなる紛争も幕府に提訴させることはあってはならないと考えます。甲斐は外様大名であった加賀藩や薩摩藩との連衡の可能性を探るのですが首尾良く運びません。

伊達兵部宗勝が藩体制を良からぬ方向に持っていこうとしているのを知り、甲斐は兵部の懐に潜り込んで兵部派になりすまし、取潰しの計画を食い止めようと考えます。甲斐はたまたま兵部と彼の両方に情報を売り込みにくる野心家の浪人柿崎六郎兵衛より、幕府老中酒井雅楽頭忠清と兵部との間に交わされた六十万石分断の密約証文があることをききます。柿崎六郎兵衛は兵部から金銭をもらい道場を開いていました。

伊達家の家臣、里見十左衛門が兵部弾劾九カ条をあげて国老を詰問するという事態も起こります。しかし、兵部暗殺計画ということが密告され、同家臣の伊東七十郎とともに捕縛され刑死します。甲斐の意向をうけ、原田家を出奔して雅楽頭邸に勤めていた家従の中黒達也が、雅楽頭と兵部が密契していた三十万石分与の証文を得ます。

伊達安芸宗重と伊達式部宗倫との間で領地の境界で紛争がおこります。安芸重は、「式部の領地侵入は「堪忍なり難く」と幕府に訴える所存であるから、老中評定の場で酒井と兵部の密約証文をつきつけて欲しい」との書状を甲斐に書きます。甲斐は安芸をなだめますが、安芸は決死の覚悟で供を揃えて出府します。甲斐は、伊達家分断の密約が取り交わされたことを家老首席の茂庭周防に洩らします。甲斐はさらに将軍側衆の久世大和守を訪ね、密約証文を見せて伊達藩の安堵を頼むのです。