「七日七夜」の二回目です。新吉原でボコボコにされた本田昌平の顛末です。
弥平と千代という親娘がいとなむ居酒屋が「仲屋」です。下町の人足、土方、職人、子連れで稼ぐ女などが出入りする店です。千代は初めの二日は殆どつきっきりで昌平を看病し、嘔くものの始末や薬の世話をします。
「あの晩の騒ぎで町廻りがきたんですよ」千代が昌平にそう云います。
「、、、お父つぁんがでて、あなたのことを親類の者だっていったんですけど、悪かったでしょうか」
「悪いなんて、そんなあ、、、有り難いよ」
「お父つぁん、とても心配しているんです、あなたの話を聞いて」
昌平は病床のなかで、屋敷での居候のこと、兄や嫁のいびりのこと、26年の暮らしぶりや金のこと、ほうぼう遊び回ってひどい目にあったこと、などを弥平と千代に語るのです。「たとえ話半分としても、とてもそんなお屋敷へは気の毒で帰させないって」
見舞いにきた相客や彼を打ちのめした若者が謝りにくるのを昌平は見ます。彼らの態度に暖かい血が通っているのに気づくのです。
「、、、、おれにはまだ信じられない、どうしてみんなこんなに親切にしてくれるのか」 昌平は眼をつむって静かに云います。
「眼がさめると、なにもかも夢になってしまうんじゃないか、そんな気がするのです」
「夢じゃないわ、もし夢だとしてもあなたがその気になれば、、、」千代はためらいながら云います。
「そんなこまかい話より、喧嘩のときあなたがおっしゃった一と言でみんなあっっと思ったのです」
「、、、、お母さま、堪忍してください、もうしませんからって」
千代は泣き出します。自分も母に死なれて、いっそう共鳴したのかもしれません。
「あたし一生忘れませんわ、あの声、”お母さん、堪忍してください、もうしません”、あなたの話が全部嘘でないことあたし初めからわかりました、あなたはいじめられっ子だったんだって」
昌平のつぶった眼尻から涙が溢れ出します。
深川仲門前にある「仲屋」という居酒屋の今です。店では、千代という娘が武家出の養子をとります。二人が出す、どじょうを丸のまま串焼きにし味噌をつけた付きだしが好事家に人気とか。繁昌して相当金もできますが、いつまでも仲屋のままです。店を大きくして料理茶屋でも始めたら、という客もいます。その武家出の養子は、そんな声をまるで相手にしません。
「そいつはまあ、生まれかわってからのこととしましょう、生きているうちはこの土地を一寸も動くのはいやですね」
すると女房が横目で色っぽく亭主をみて云います。
「そうね、夢がさめないって限りもないんですもね」