「七日七夜」という山本周五郎の作品です。二男三男は冷や飯喰らい、四男五男は拾い手のない古草鞋といわれていた時代の話です。本田という三千石の旗本がいました。昌平は本田家の四男です。家では居候のような暮らしです。机の上で書物の写本をしています。艶めかしい戲作の写本で小遣いを補っています。
昌平の着物といえば順送りの古着です。そして兄貴たちからいつも怒鳴られています。
「外に出るな、みっともない!」
「客がくるんだ、すっこんでいろ!」
兄嫁が輪をかけたように無情です。三百両の持参金付きで本田家にやってきたのです。皮肉なそら笑いをしては、縫い物や洗濯は自分でするように昌平に言い付けます。兄嫁がこうなので、召使いらも自然に昌平に冷淡で軽蔑した態度です。
「あのう、御膳のお支度ができました」
「あ、、いますぐいく」
「、、、、、、なんだこれは、」
飯と汁を口につけるとどちらも冷えています。昌平は逆上し、兄嫁に「持参金をここへ出せ!」と刀を向けて脅します。嫁が仏壇の裏から袱紗を持ってくると小判の包みを六戸つかんで、通用口から外に出ると辻駕籠に乗ります。その夜は新吉原の遊女屋にあがるのです。
昌平は一夜で百十両という大金を使い、物心両面でうちのめされ、ふみにじられ、なにもかもぼろぼろとなった気持ちで大門を抜けます。
「一晩に百何両、うろんなのはこっちだ、、」
「、、、、金をだしな、金、金、勘定、勘定!」
「、、、、番所へ行って話をつけやしょう」
こうした吉原でのやりとりが幻聴のように響きます。泥酔した昌平は濡れた草履をひっかけるとぼとぼ歩きます。そして見知らぬ若者をからんで昏倒して、眼が覚めたときは「仲屋」という店の奥で寝かされています。そして、心配そうに囲んでいる者に苦しみながら昌平は本田家での身のうち話を始めるのです。