「蝉しぐれ」の最終稿です。文四郎は、お福と御子を救った勲により二十石の加増となります。さらに一緒に闘った布施鶴之助の召し抱えを横山家老に願いでて受理されます。家老家を出ると文四郎は、追放された里村の刺客に襲われます。文四郎は、秘剣村雨の極意を使いかろうじて刺客を仕留めるのです。
20数年後、文四郎は郡奉行として出世します。そして父親のかつての名、助左衛門をもらい二人の父親になります。江戸では側室として仕えたお福の前藩主が亡くなり、その一周忌を前にしてお福は白蓮院の尼になることを決め、海坂藩に戻ってきます。そして、その前に助左衛門に会いたいと手紙を送ってきます。
二人はしみじみと語らい、感極まって手をとり合い抱き合うのです。助左衛門はお福の唇を求めると、お福それにも激しく応じてきます。しばらくしてそっと助左衛門の身体を押しのけ、声をしのんで泣くお福です。別れ際にお福は言います。
「ありがとう文四郎さん、これで思い残すことはありません」
権力争いの渦中にあって、主人公文四郎の凜としてさっそうたる生き方と清朗な行動、親友との一途な剣の修行と友情、市井の人々や農民への暖かい眼差しと寄り添う生き方があります。そこには抒情が漂います。