ユダヤ人と私 その28 ユダヤ教とメンデルスゾーン

前回、ユダヤ人哲学者のモーゼス・メンデルスゾーン(Moses Mendelssohn)に触れました。長い間、ユダヤ人はドイツに背を向け思想的に閉ざしていたとわれます。メンデルスゾーンはユダヤ人にドイツの文化を理解し交流を深めることを推奨し、それと同時にドイツ人に対してユダヤ人の文化も理解してもらおうと努力した人です。ドイツの社会を受け入れ、それにユダヤ人も同化していこうという姿勢でありました。

メンデルスゾーンは、ユダヤ人の思想的な解放の先頭に立ち、ユダヤ人啓蒙のためにドイツ語教育学校を興し、同時にユダヤの伝統文化や遺産の継承を重視します。さらにユダヤ教内部における近代ヨーロッパ文化の影響とそれに対する啓蒙主義運動であるハスカーラー(Haskalah)を提唱します。キリスト教社会に広く流布していたユダヤ教への偏見やユダヤ人への理由なき誹謗や中傷など反ユダヤ主義(Antisemitism)の修正を求めることにも腐心します。ユダヤ教徒にも人間の権利として市民権が与えられるべきことを訴えるとともに、自由思想や科学的知識を普及させたといわれます。

ドイツもスペインもユダヤ人に改宗を迫った歴史があります。 こうして反ユダヤ主義も高まり、社会の抱えている問題をすべてユダヤ人に押し付けてしまう風潮も起こります。その例が、ユダヤは世界を征服しようとしているといったユダヤ陰謀説(Jewish plot)という荒唐無稽な風潮です。

他方でメンデルスゾーンらの同化思想は根本的な問題を生み出します。同化を推し進めることによってユダヤ人のアイデンティティとはなにかという問いが盛んになったのです。ユダヤ教という中核的な教えがあり、そうした要因にがユダヤ人の心の拠りどころとなっています。それがやがて伝統的なユダヤ教や宗教シオニズム運動(Zionism)を促進することになります。

モーゼの律法はユダヤ人たちのアイデンティティを維持する強固な役割を果たしてきました。同時に世俗に照らしてそれは遵守されるべき法ではありますが、徐々に人間の内的精神が自発的に従うべき道徳的基準に過ぎなくもなりました。つまり人間としての権利を獲得し義務を遂行できるためには、「国家と宗教」という市民的秩序、「世俗のことと教会のこと」という社会説という支柱を相互に対置させ均衡がとれるようにすることをメンデルスゾーンは叫ぶのです。

もう1人のユダヤ人哲学者にハーマン・コーエン(Hermann Cohen)がいます。メンデルスゾーンと同様に同化思想を唱道します。パレスチナにユダヤ人国家を建設しようというユダヤ民族運動にも反対します。ユダヤ主義とは本質的に歴史発展または伝統とは無関係であり、霊的で道徳的な使命を帯びているのであって、民族国家の建設を超越した思想であると主張します。偏狭になりがちな民族運動にくぎを刺したのがコーエンです。