認知心理学の面白さ その四十八 ジェーン・ドー裁判

1984年に6歳の女児の父親が、母親が女児を性的虐待をしたという訴えを起こします。「ジェーン・ドー 裁判(Jane Doe case)」と呼ばれてました。この裁判は子供を巡る複雑で数奇な展開をするので、全米の関心を集めました。後に映画にもなるほどでした。学校でも性犯罪の話題として教室で取り上げられました。

この裁判の中心課題は、はたして人間のトラウマのできごとについての記憶は正確なのか、何が真実なのかということであります。記憶の研究者であるエリザベス・ロフタスもこの事件に関わっているので、それを紹介することにします。

被害者とされたのは、ジェーン・ドー(Jane Doe)という仮名の女児です。母親がジェーンを虐待した、という父親の訴えです。11歳になったジェーンもまた虐待を受けたと証言していきます。例えば母親がぶったとか、髪の毛をひっぱったり、ストーブで足をやけどさせたといったエピソードです。母親は養育権を剥奪され、娘と定期的に会うことも禁じられます。その間、裁判所から鑑定をするように任命されジェーンの治療にあたったのは精神病理学者で性的虐待の研究者であるデビッド・コーウィン (David Corwin)という人です。コーウィンはジェーンと何度も会いビデオテープなどで面談の記録を残します。

ジェーンが17歳になると、父親が再婚した妻と別れるとジェーンは父親と一緒に住むことになります。父親が亡くなると後見人となった継母と生活します。さらに産みの母親とも再会するようになります。ジェーンはコーウィンとの面談を続けるのですが、以前コーウィンに語った母親による性的虐待のことは覚えていないというのです。ロフタスらは、ジェーンの記憶はトラウマ的なできごとゆえに、無意識のうちに抑圧された状態での記憶 (repressed memories)による証言だったと結論づけます。裁判が結審するとコーウィンやロフタスはこの事案の経緯を本に著します。

しかし、ジェーンは以前語ったような母親からの虐待はなかったと告白します。さらにコーウィンやロフタスは自分のプライベートなことを公にしたとして逆に訴えるのです。結局ジェーンは記憶に誤りがあり偽証ということで訴えは却下されます。

ジェーン・ドー裁判は、長い時間の経過のなかで偽った記憶の再生が周りの人々を混乱させ、ジェーン自身もまた精神的な傷を負うという結果となります。性的虐待というトラウマ的なできごとの再生や証言は正確だ、と本人も周りの人も思い込むという事例であります。