年齢が進むと、「忘れっぽくなる」とか「度忘れが激しくなる」とよくいわれます。こうした人間の自然な現象を研究した人の一人にダニエル・シャクター(Daniel Schacter)がいます。記憶(memory)と忘却(amnesia)についての心理的、生物学的観点から研究した人です。「Amnesia」とはギリシャ語で、「忘れがちなこと」(forgetfulness)という意味です。
シャクターは2001年に有名な本「The Seven Sins of Memory: How the Mind Forgets and Remembers」を著します。文字通り、「記憶についての七つの罪ーどうして覚えたり忘れたりするのか」という題名です。記憶の七つの罪とは、「度忘れ」(Transience), 「不注意」(Absent-Mindedness), 「阻止」(Blocking), 「誤った帰属」(Misattribution), 「暗示」(Suggestibility), 「しつこさ」(Persistence), 「思い込み」 (Bias)と呼ばれます。シャクターは最初の三つの罪は不作為の罪(random sins)、後の四つは作為の罪(act sins)と呼んでいます。
「度忘れ」は時間とともに生じる記憶の減少、とりわけエピソード記憶で、遠い昔の出来事より最近の出来事のほうがよく思い出されます。「不注意」は再生のための鍵が置き換えられて、割り当てがはずれることです。再生よりも貯蔵した場所を間違ってしまい再生できない状態です。「阻止」は「不注意」の反対で、貯蔵された記憶が検索と再生されないのですが、その理由はしばしば別の記憶がそこに現れるために思い浮かばない状態です。「咽まででかかっている」状態です。
「誤った帰属」という記憶の現象は、情報は正確に再生されるのですが、その情報の源泉が誤って想起される状態です。「暗示」とは誘導尋問に答えてしまうように、確信がない記憶を他から誘導されて再生することです。「しつこさ」とはある出来事を思い出した時点で、当人の意見や感情がその再生に影響を与えてしまうことです。「思い込み」とは記憶があまりにもよく機能するとき、押しつけがましく思い出され、それが正しい情報と対立するような状態のことです。
「思い込み」を修正しにくくするのが高齢化です。別な選択を考えるといった柔軟な考えが困難になるのです。ともあれ、七つの罪とは人間全てにあてはまる特徴です。原罪のようなものといってよいでしょう。そこには救いもあるということです。