1950年代にミルグラム(Stanley Milgram)は既に[その二十二]で紹介したソロモン・アッシュ(Solomon Asch)という心理学者と共に同調性の研究にかかわります。興味深いことをいっています。それは、人々は、自分自身の現実感覚と矛盾するようなことを言ったりやったりする準備ができているのではないかということです。ごく普通の好ましい人でも、ある種の権威が幅をきかせている状況では、自身の道義的な価値に逆らうことができるものかどうかの実験です。それを検証するために物議を醸すような実験にとりかかります。
実験者は科学者という想定です。実験室内に本物そっくりの電気ショック装置をしつらえ、15ボルトずつ増圧可能な目盛りのついたスイッチを用意します。それには「軽いショック」、「とても強いショック」、「危険なショック」などと書かれたさまざなショックの度合いを示すラベルがはられます。
この実験は、普通の人が権威ある人から他人に命令されると、その選択がどの程度服従的なものかを探索することでした。実験者より被験者に対して、電気ショックを与えるように指示されます。被験者はショックレベルを300ボルトまで上げます。その時点で被験者は明らかな苦痛を示します。しかし、指示に従うことという権威者である実験者の言葉によって服従への気持ちが働き、スイッチを少しずつ上げていくのです。
死の収容所における非人間的な政策を指して、「集団規模で実施されてしまったのは、大多数の人間がひたすら命令に従順であったためである」とも主張します。実験にそって、1970年に「ヒットラーに服従するか?」(Would you obey a Hitler?)という論文も書きます。さらに1974年に「権威への服従」(Obedience to Authority)という本も著します。
ミルグラムの実験結果は、権威ある人間や状況から、そうするように圧力をかけられたら、ごく普通の人々が恐ろしい行為に簡単に手を染めてしまうという結論でありました。しかし、こうした実験は仮想とはいえ、人間を苦しめる研究として非難され、ミルグラムはやがて教壇を追われることになります。