文化を考える  その32 ”I Have a Dream” Speech

深く人々の心に刻まれる文章、魂を揺さぶられるような演説とはなにかを考えている。

これまでいろいろな作品や演説を読み聴きしてきた。作者の時代を思い起こしながら、作者の意図をくみ取ろうとする作業はまるで至福のときである。思うに文章を書くこと、草稿を練るには、その下地となる基礎知識とか時代背景を知らねばならない、ということを肝に銘じている。

ある話題を取り上げようとする。それに関した知識があれば、話題への切り込み方がちがってくる。時代考証や先行文献などに裏打ちされた文脈や内容であれば読者を引き込むことができる。

演説の草稿は、通常スピーチライター(speech writer: SW)が書く。大統領や総理大臣の演説原稿はSWによるものだ。時に演説者自身の手によって作られるのもある。その代表例が、1963年8月28日に、ワシントンDCのリンカーン記念堂(Lincoln Memorial)で行ったキング牧師(Martin Luther King, Jr.)の演説である。通称、”I have a dream.”と呼ばれる。あまたの演説の中で最高のものと称される有名な内容である。

なぜこれほどの内容の草稿なのか。それはキング博士の牧師として、運動家としての深い信仰や信念に裏打ちされていることに畏敬の念を抱くのである。とりわけ旧約聖書の理解なしに、この草稿は生まれなかったと思えるほどである。

小学生にも分かるような表現やフレーズがある。大人向けの首句反復という修辞もある。独立宣言や黒人霊歌からの引用もある。だが、黒人への偏見と差別という出来事が、旧約聖書に記述される紀元前のエジプトで起こった差別と迫害の出来事をはっきりと思い出させるような引喩が心を打つのである。紀元前から続く人種偏見をキング牧師は聖書の内容から熟知していたことに畏れ入るのである。次稿はそのことに触れる。

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