江戸時代の藪入りは1月16日と7月16日。女中や丁稚小僧などの奉公人、嫁が実家へ帰ることのできた貴重な休日である。さぞかし皆が待ち焦がれていたと思われる。こうした商家を中心に広まった藪入りの伝統と名残りは、現代の正月や盆の帰省に引き継がれている。
商家に奉公している亀吉が三年ぶりに実家へ帰る藪入りの前日の夜である。息子の帰りを待ちきれない父親は「あいつの好きな熱いご飯と納豆、ウナギを食わしてやりたい。寿司や汁粉、それから天ぷら、刺身、おでん、、、」と女房に用意するように言いつける。「そんなに食べられやしませんよ、」とたしなめられる。夜中、まんじりともせず亀吉の帰りを待っている。
「今日は亀を湯に行かせたら、浅草の観音様に連れて行きたい。ついでに品川で海を見せて、羽田の穴守稲荷様に寄って、川崎の大師様にお詣りし、横浜、江の島、鎌倉。ついでに名古屋のシャチホコを見せて、伊勢の大神宮様にお参りしたい。そこから京大阪を回って、讃岐の金比羅様を一日で、、」女房は呆れてものがいえない。
当日。亀吉は丁重に両親に挨拶をする。身長が伸びた息子を見て両親は涙を流す。湯屋に出かけた息子の荷物を母はがなにげなく見ると、財布に紙幣が入っている。奉公先の給金を貯めたとはいえ、母親は「亀吉が何か悪事に手を染めたのでは」という疑念を抱く。父親は気を落ち着かせて待とうとするが、苛立ちがつのる。
帰ってきた亀吉に対し、父親は「このカネは何だ」と問い質す。亀吉は、「人の財布の中を黙って見るなんていけませんよ」と言い返したので、父親は殴り飛ばしてしまう。母親は父親を制止し、「じゃあ、どうやって手にしたおカネなのか」と泣きながら問いただすと、亀吉は「そのおカネは、店で捕まえたネズミを警察に持って行っていきました。そのネズミの懸賞が当たって、店のご主人に預けていたものです。今日の藪入りのために返してもらってきました」と答える。
両親は安心するとともに、我が子の徳と運をほめる。父親はバツが悪るそうに「これからもご主人を大事にしろ」と亀吉に次のように言う。
「これもご主人への忠(チュウ)のおかげだ」。