親子の情を謳った噺も落語の大事な話題となっている。「抜け雀」はその代表作といえる。絵師の親子と芸の秀逸さの話でもある。
旅の途中、若い男が小田原宿に差し掛かる。風体が貧相なせいか、呼び込みの声がかからない。ようやく小さな旅籠の主人に声をかけられ投宿することになる。この男、朝昼晩一升ずつの酒を飲み、昼間はただ寝るだけ。旅籠のかみさんが困って、内金をもらってこいと気弱な亭主の尻をたたく。ところがこの男一銭も持ち合わせていない。主人がきくと、自分は絵師だという。旦那は看板描きと勘違いする。そして「宿値賃のかたに絵を描いてやろうか」と新しい衝立に目をとめる。
衝立に描いたのは五羽の雀。宿の主人はそれを見て
主人 「これはなんです?」
侍 「お前の眉の下にあるのはなにか、、」
主人 「眼です。」
侍 「これが見えないくらいなら銀紙をはっておけ!」
そして、五羽で五両だと説明する。この衝立は、今度宿賃を払うまで誰にも売るではないと言い聞かせて出立する。
翌日、掃除をしようと二階に上がると雀の鳴き声がする。窓を開けると衝立から雀が飛び出していく。暫くすると、雀が衝立に戻ってくる。この話がひろまり、大勢の客が雀を見ようと押し寄せる。ある大名がこの衝立に二千両の値をつける。
やがて人品の良さそうな侍がやってくる。この男、かつて雀を描いた絵師であった。衝立に鳥籠が描かれ雀は元気にしている。主人から、「ある老人がきて鳥籠と止まり木がないと雀は死んでしまうといって、それを付け加えていった」というのである。それを聞いた侍、
「ご壮健でなによりです。不幸の段、お許しを」
と衝立の前にひれ伏す。きいてみると、鳥籠と止まり木を描いたのは絵師の父親であるという。
侍 「俺は未熟で、不幸者だ、、」
主人 「どうして?」
侍 「衝立を見よ、俺は親父をかごかきにした。」
親子揃って名絵師という噺である。
もう一席、「親子酒」。ある商家に共に酒好きな大旦那と若旦那の親子がいる。息子の酒癖が非常に悪いということで、父親が心配し、「お前だけに酒を止めろとは言わない。共に禁酒をしよう」と話をする。 息子も承知し、しばらくは何事もなかった。2週間ほど経つと、他に楽しみのない父親は酒が恋しくなる。息子が出かけていたある晩、女房に頼み込み、遂に一杯、二杯、三杯とせびって飲み始める。甘露、甘露と独酌の挙げ句ベロンベロンになる。
気分が良くなっているところへ、息子が帰ってくる。慌てて場を取り繕い、父親は「酔っている姿など見せない」と、息子を迎えるが、帰ってきた息子も同様にしたたかに酔い上機嫌であった。 呆れた父親が「何故酔っているんだ」と問うと、「出入り先の旦那に相手をさせられました。酒は止められませんね」などと言う。父親は
「えらいッ、その意気でまず一杯ッ」
と乗せられて、結局、二人で二升五合をやってしまう。
父親、女房に向かい、
「婆さん、こいつの顔はさっきからいくつにも見える。こんな化け物に身代は渡せない!」
すると息子は、
「俺だって、こんなグルグル回る天井の家なんていりませんよ!」
親子で酒を呑むのが一番幸せな時である。筆者にも父親と一緒に杯を傾けた大切な光景が浮かんでくる。