ウィスコンシンで会った人々 その52 幽霊噺

落語の定番といえるのが幽霊噺である。医術が未熟だった江戸時代は、死に対する恐怖は現代以上であったと想像する。それだけに幽霊は怖い存在であったことが伺える。それ故に、噺のネタとしてもたいそう庶民に受けたのだろうと察するのである。

「お菊の皿」という演目は幽霊と庶民の会話が中心である。筋は少し長くなるがお付き合いいただくことにする。旗本である青山主膳の番長邸にはお菊という女中がいた。美しい中にあどけなさの残る乙女で、主膳は側室にしようとした。だがお菊には許嫁がいたので、主膳の申し出を断る。どうしてもお菊は首を振らないので、お菊に管理させていた大事な皿を一枚抜いておいて、盗んだろうと濡れ衣を着せ、井戸に投げ入れて殺してしまう。ところが、夜な夜なお菊の幽霊が現れて青山主膳は狂い死にし、廃屋敷となる。

やが女中お菊の幽霊を見たいと考えた物好きな者が、怪談の舞台である番町の廃屋敷まで出掛けてゆく。果たして廃屋敷の井戸端にお菊の幽霊が現れ、恨めしそうに「一枚、二枚……」と皿を数え始めた。お菊の幽霊は恐ろしいが、妖艶で美しい。数える声を九枚まで聞くと狂い死にすると言うので、見物人たちはお菊が六枚まで数えたところで逃げ帰る。

幽霊お菊の噂が広まり、お菊を見に行こうとして見物人の数は日ごとに増えていく。やがて弁当や菓子を売る屋台ができ、客席が設けられて廃屋敷は芝居小屋のようになる。「お菊の皿数え」はまるで舞台演芸のようになり、幽霊のお菊は差し出しものも増える。お菊はふくよかになる。あげくの果てに客に愛想を振りまく。そしてお菊のファンクラブまでできるという盛況である。

今日もお菊の皿数えの上演がある。お菊は喝采を浴びて登場し、「一枚、二枚……」と皿の枚数を数え出す。お菊が六枚目を数えたところで客たちは逃げようとするが、客席が混雑していて逃げられない。ついに聞けば死ぬと言われている九枚目をお菊が数えた。しかし何も起こらず、お菊は「十枚、十一枚……」と皿を数え続ける。客たちが呆気にとられる中、十八枚まで数えたところで舞台は終わりとなった。
「なぜ十八枚まで数えたんだ」と客がお菊に尋ねる。お菊は「風邪気味で明日は休むので、いつもの倍まで数えた」と答える。

「お化け長屋」は江戸っ子は見かけとは裏腹に小心で恐がりというのたテーマ。長屋に空き店の札がでる。長屋が全部埋まってしまうと今まで空いていた部屋が自由に使えなくなる。そこで店子の古狸の杢兵衛が世話人の源兵衛と相談し、店を借りにくる奴に怪談噺をして脅かし、追い払うことにする。最初に現れた気の弱そうな男は、杢兵衛に「三日目の晩、草木も眠る丑三つ時、独りでに仏前の鈴がチーン、縁側の障子がツツーと開いて、髪をおどろに振り乱した女がゲタゲタゲタっと笑い、冷たい手で顔をサッ」と雑巾で顔を撫でられて、悲鳴をあげて逃げだす。ところが次に現れたのが怪談には全く無頓着な男。逆に二人を丸め込んで長屋をただで借りてしまうという噺である。

「死神」という演目も愉快だ。主人公は金に縁が無く、「俺についてるのは貧乏神じゃなくて死神だ」と言うと、何と本物の死神が現れる。仰天する男に死神は「お前に死神の姿が見えるようになる呪いをかけてやる。もし、死神が病人の枕元に座っていたらそいつは駄目。反対に足元に座っていたら助かるから、「オチャラカモクレン、アルジェリア、テケレッツノパ」の呪文を唱えて追い払え」と言い、医者になるよう助言して消える。この男、良家の跡取り娘の病をこの呪文で治したことで医者として有名になり、男は富豪となる。だた「悪銭身に付かず」でまた貧乏になる。

この「死神」にはさまざまなサゲがある。是非いくつかの噺家の「死神」を聞いて欲しい。

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