【風物詩】その六「らんまん」から 

毎日朝ドラを観ております。私の親しい友人が高知にいて、彼に案内されて県立牧野植物園を訪ねたことがあります。市内の五台山の広大な敷地にある素晴らしい施設です。牧野富太郎は、東京大学理学部植物学教室への出入りを許され、植物分類学の研究に打ち込みます。自ら創刊に携わった「植物学雑誌」に、新種ヤマトグサを発表し、日本人として国内で初めて新種に学名をつけます。やがて「日本の植物分類学の父」と呼ばれます。「らんまん」は牧野の生誕160年を記念して製作されたようです。

「らんまん」の舞台は明治の後期です。小学校を中退し、やがて東京帝国大学理学部の植物学教室に出入りを許されるという筋書きです。天下の帝国大学という序列の厳しい縦社会の組織で、研究に没頭する涙ぐましい姿が描かれます。いかに研究中心の組織とはいえ、帝国大学を頂点とする封建的な組織というのは、上意下達の軍隊組織のように、秩序を乱すことは許されない洗脳されたような社会です。

私もある国立の研究所で小さな縦社会の裏側を経験したものです。いっぱしの研究者として、業者から支援を受けて物品を供与されたり、海外での学会発表に出掛けることもありました。研究では研究費を獲得することが仕事の1つでした。私は上司からみると組織をはみ出す「出る杭」であったようです。そのため「蟄居」を命じられたことがあります。蟄居とは謹慎のことです。

高知県立牧野植物園

その後研究所を去って、兵庫県にある小さな国立大学で職に就きました。「出る杭は抜かれ捨てられる」ような有様でした。ですが兵庫で始めて組織のなかでも自由な空気を吸うことができました。誰の指図もなく、獲得した研究費を好きなように使えるのです。研究費は税金の一部であります。自己管理が要求される社会ですが、自分の研究が社会にどのように貢献したか、を問われるとあまり自信がないのが少々歯痒いです。