懐かしのキネマ その33 映画とゴーストシンガー

音楽映画やミュージカルでは俳優の歌唱シーンがあります。例えば、「王様と私(The King and I)」の主役デボラ・カー(Deborah Kerr)が「Shall We Dance?」を、「ウエストサイド物語(West Side Story)」のナタリー・ウッド(Natalie Wood)が「Tonight」を、「マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)」のオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)が「踊り明かそう」(I could have danced all night) など、名立たる女優が歌っています。ですが彼らの歌は吹き替えなのです。吹き替えを歌う人を、陰の歌い手とか「ゴーストシンガー」(Ghost Singer)と呼びます。演説を書く人を「ゴーストライター」(Ghost Writer) と呼ぶのと同じです。

吹き替えの名手は、マーニ・ニクソン(Marni Nixon) というアメリカの歌手です。数々の著名なミュージカル映画において、女優の歌唱シーンの吹き替えを担当し「最強のゴーストシンガー」として知られています。ミュージカルの全盛期である1950年代から1960年代を、その美声で支えたことから「ハリウッドの声」(The Voice of Hollywood) とも称されています。

マーニ・ニクソンの名を知る人は少ないでしょうが、その美声はミュージカル・ファンの方にはなるほどと頷かれるはずです。女優の声を勉強し、それに合わせて吹き替えをしていたというのですから、大変な努力家といえましょう。実は、ハリウッドでは、映画会社との契約の関係で、吹き替えの事実を公表することが禁止されていたのです。マーニ・ニクソンは、そのため長らく表舞台に登場できなかったのです。

「The Sound of Music」でマーニ・ニクソンは修道院の中で出てくる6名の修道女の一人ソフィア(Sophia)役で初めてスクリーンにその姿を見せます。修道女の見習いとなった主人公マリア(Maria)について皆が、順番に歌いながら彼女の行動が自由奔放で呆れるといいながらも、修道女は皆、マリアの明るい性格を好意的に説明する場面です。そして最後の場面で「すべての山に登れ!」(Climb Every Mountain!)を合唱します。