キリスト教会には、それぞれに演奏したり歌ったりする音楽とそうでない音楽があります。16世紀の前半に起こった宗教改革(Reformation) をきっかけに、カトリック教会から訣別したルーテル教会には、決して演奏することのない音楽とか曲があります。「アヴェ・マリア」(Ave Maria)という曲がそうです。カトリック教会もマルチン・ルター(Martin Luther)が作曲した賛美歌「神はわが櫓」 (Ein’ feste Burg ist unser Gott) を歌うことはありません。
カトリック教会ではイエスの母、マリアを聖母として崇めています。アヴェ・マリアはマリアへの祈祷を指します。直訳すると受胎告知(annunciation)されたマリアに対して「恵まれた女よ、おめでとう、Ave Maria」と呼びかける言葉です。ルカによる福音書(Gospel of Luke)1章26-38節の記述にあります。ルーテル教会などのプロテスタント教会には、マリアを崇拝する教義がありません。
グレゴリオ聖歌(Gregorian Chant)などのミサ曲にもアヴェ・マリアは登場します。その他、祈祷のための教会音楽や祈祷文を歌詞にしたものなどさまざまな楽曲が存在してきます。16世紀スペインの作曲家トマス・ルイス・デ・ビクトリア(Tomas Luis de Victoria)やジョヴァンニ・パレストリーナ(Giovanni Pierluigi da Palestrina)、19世紀フランスの作曲家グノー(Charles Gounod)、同じく19世紀イタリアのロッシーニ(Gioachino Rossini)など多くの作曲家がアヴェ・マリアの曲を作っています
シューベルト(Franz P. Schubert)の晩年の歌曲「エレンの歌第3番」(Ellens Gesang III) がアヴェ・マリアとして知られています。この曲はもともと宗教曲ではなかったようです。ですが誰かがこの旋律にアヴェ・マリアの歌詞を付けて曲にしたといわれます。このようにラテン語による典礼文を載せて歌うことは現代でもしばしばあります。前述のグノーがバッハの「平均律クラヴィーア(Clavier)曲集 第1巻」の「前奏曲 第1番」の旋律にアヴェ・マリアの歌詞をつけて完成させた声楽曲もそうです。クラヴィーアとはオルガンを含む鍵盤を有する弦楽器のことです。読者の皆さんも必ずどこかでアヴェ・マリア聴いたことがあるはずです。