ミシシッピ州(Mississipi)は合衆国南部に位置する州です。ミシシッピは北はテネシー州(Tennessee)、東はアラバマ州(Alabama)とルイジアナ州(Louisiana)、南はメキシコ湾(Gulf of Mexico)と、西はアーカンソー州(Arkansas)で隣接しています。州名はインディアン部族オジブワ族(Ojibwa)の部族語で「大きな川」を意味するミシシッピ川(Mississippi River)から由来しています。州都および最大都市はジャクソン市(Jackson)です。
この地域に入った最初のヨーロッパ人探検家はスペイン人のエルナンド・デ・ソト(Hernando de Soto)で1497年頃といわれます。1699年4月、フランス人開拓者がオーシャンスプリングス(Ocean Spring)に最初の開拓地フォートモーリパス(Fort Morlipas)をつくります。さらに1716年、フランスはミシシッピ川沿いにナチェズ(Natchez)の街とロザリー砦(Fort Rosalie)を建設します。この町が中心地となり交易拠点となります。フランスはこの広大な領土を「ヌーベルフランス」(New France)と呼びます。こうして現在のアラバマ州南部とフロリダ州のメキシコ湾岸は、スペイン、フランス、イギリスの各植民地となっていきます。アメリカの独立戦争が終わると、この地域は新生合衆国の領土となります。
1850年代は、綿花がミシシッピ州のいわば王様であり、ミシシッピのプランテーション所有者、特にミシシッピ・デルタ(Mississipi Delta)やブラックベルト地域(Blak Belt)の所有者は土壌の肥沃さ、国際市場での綿花の高値、さらに奴隷という資産で裕福になります。そこから得られる利潤を使ってさらに綿花栽培用の土地と奴隷を購入していきます。ミシシッピ川のデルタで土地を所有する農夫の3分の2はアフリカ系アメリカ人でありました。
1910年には、綿花の価格下落などで黒人農夫の過半数がデルタの土地を失い、小作農になります。1920年では、奴隷解放後の第3世代となったアフリカ系アメリカ人の大半が、土地無し労働者になっていきます。1913年頃からは、グレートマイグレーション(Great Migration)と呼ばれる人口の移動が起こり、数万人ものアフリカ系アメリカ人がミシシッピ州を離れ、職を求めて北部のセントルイス(St. Louis)、シカゴ、デトロイト、フィラデルフィア(Philadelphia)、ニューヨークなど工業化された都市に移住します。
州の鳥はマネシツグミ(Northern Mockingbird)。”Mocking”とは”真似をする”という意味です。真似師鳥とも呼ばれ、他の鳥の鳴き声を真似することができるとも言われています。アメリカでよく見かける鳥で人気があり、5つの州の「州鳥」になっています。鳴き声がトゥララー・トゥイディリ・デー・デー(Tra-la-la, tweedlee dee dee)と表記されるほどです。