アメリカの州鳥 その40 ハワイ州の鳥: ハワイガン

1778年にイギリスの海軍士官で、海洋探検家であったキャプテン・クック(Captain Cook)がハワイ(Hawaii)諸島のカウアイ島(Kauai Island)に上陸します。ハワイにやってきた最初の西欧人です。1795年から1893年までカメハメハ王朝(Kamehameha)がハワイ王国が統治します。そして、1959年に合衆国の50番目の州となります。

Hawaiian goose

ハワイは8つの主要な島と120余りの小島からなります。ハワイ島のマウナロア山(Mauna Loa)、キャラウエア山(Kīlauea)の活火山が有名です。先住民のポリネシア系、アジア系、白人など人種のるつぼです。渡来した宣教師が女性の腰みのを改めさせるために考案したのがムームー(muumuu)といわれます。

19世紀はサトウキビの生産と製糖が主要産業であり、大規模な製糖工場が建設されます。20世紀になるとにコーヒー産業への農地転換が行われ、作付け面積や収穫高が多いことで知られています。タロイモ(Taro)やパイナップルも盛んに栽培されています。ハワイではタロは「カロ」(kalo)と呼ばれています。豚肉や鶏肉をカロの若葉で包んで蒸し焼きにするラウラウ(Laulau)という郷土料理があります。タロイモは、熱帯アジアやオセアニアの島々、アフリカの熱帯雨林地帯ではさらに多くの品種が多く栽培されています。これを主食としている民族や地域も多いことは知られています。若葉は葉菜として利用されるのも特徴です。

1941年12月7日に日本軍の真珠湾攻撃で太平洋戦争が起こります。ハワイで生まれ育ち、アメリカの市民権を持つ日系アメリカ人の若者の多くは、自ら進んで志願兵となることで合衆国に対する忠誠心を示そうとします。彼らハワイの日系人だけで組織された陸軍第100大隊は、のちにアメリカ本土の日系人部隊と合流し442連隊(442nd Regimental Combat Team)となり、欧州戦線において多くの犠牲と引き換えにめざましい戦果を上げます。彼らの戦いは多くのアメリカ人に感銘を与え、ハワイと戦後のアメリカ社会における日系人の地位向上に貢献したことで知られています。

ハワイの州鳥はハワイガン(Hawaiian goose)で、地元に人々はネネ(Nene)と呼んでいます。「ネーネー」という鳴き声が由来といわれます。カナダガンがその先祖と言われ、ハワイ諸島に定住し進化を遂げました。ガンといっても渡り鳥としての性質はありませんが、水鳥なので泳ぐことができ、V字編隊での飛翔をするガンの特徴も残しています。産卵時期や産卵場所、交尾場所など、他のガンとは異なる性質が数多く確認されています。