【空蝉】と紫式部

Last Updated on 2025年2月26日 by 成田滋

平安時代の貴族たちが碁盤を囲んで遊ぶ話は、以前からいろいろなところで聞いていました。源氏物語にもその記述があるとのことを知って、文学には全く縁遠い私が、源氏物語を調べることに食指が動きました。これも時間がたっぷりあるのと、一種の知的好奇心からであります。

 「空蝉」は源氏物語五十四帖の巻の一つといわれます。そこに登場する一女性が「空蝉」です。主人公の光源氏が十代の頃に知り合い、恋い焦がれた女性の一人のようです。控えめで慎み深く、小柄で美貌とはいえない空蝉は、立ち居振る舞いが際立っており趣味も良かったと記述されています。光源氏の求愛に対しても、空蝉は伊予介の人妻としての矜持を守り通すのです。空蝉を忘れられない源氏は、彼女のつれないあしらいにもかえって思いが募り、空蝉の義理の息子、紀伊守の館へ忍んで行きます。

空蝉から

 当時の男性が女性の姿を見るのはなかなかに難しく、堂々と見るのではなくこっそり見ます。それが垣間見です。空蝉には、義理の娘にあたる軒端荻(のきばのおぎ)がいます。彼女はときどき空蝉のいるところへやってきて碁を打つのです。お互い碁を嗜むのですから空蝉と軒端荻はさほど年齢が離れていなかったと思われます。紀伊守邸に忍んできた光源氏は左下から、空蝉と軒端荻が碁を打っている様子を覗き見します。それが上図の大和絵です。

 以下は、空蝉と軒端荻との対局がほぼ打ち終わったときの記述です。

碁打ちはてて結《けち》さすわたり、心とげに見えてきはきはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、「待ちたまへや。そこは持《ぢ》にこそあらめ、このわたりの劫《こふ》をこそ」など言へど、「いで、この度《たび》は負けにけり。隅の所、いでいで」と、指《および》をかがめて、「十《とを》、二十《はた》、三十《みそ》、四十《よそ》」など数ふるさま、伊予の湯桁《ゆげた》もたどたどしかるまじう見ゆ。少し品《しな》おくれたり

 「ちょっとお待ちになって、そこは持(地)ですわね。こちらのコウを先に片付けましょう」「いいえ今度は負けてしまいましたわ。ここの隅は十、二十、三十、四十」 このようにたどたどしく目を数える様子が描かれています。「湯桁」とは数が多いことで、目数を示しています。空蝉の数え方はあまり品がないと紫式部は描写します。

 以上の空蝉と軒端荻の間で何気ないやりとりから、コウ争いを含めて囲碁用語が飛び交っていることが分かります。作者の紫式部に囲碁の素養があったことを示す記述といえましょう。(2023年7月1日)

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