ナンバープレートから見えるアメリカの州アーミッシュ・ウィスコンシン州対ヨーダ裁判

Last Updated on 2024年12月29日 by 成田滋

アメリカ合衆国のどの州も義務教育年限は12年間となっています。中等教育を子どもに受けさせるのが保護者の義務なのです。ところが、信教や思想の自由によって義務教育は8年でもよいという判決が出たことがあります。ウィスコンシン州のマディソンの近くにあるニューグレラス(New Glarus)という町に住んでいたアーミッシュの住民が、子どもの就学を拒否してウィスコンシン州教育委員会を相手に裁判を起こした有名な事例です。これは「ウィスコンシン州対ヨーダ裁判」(Wisconsin v. Jonas Yode)と呼ばれます。それを紹介します。アメリカ中西部にはペンシルバニア州と同様に多くのアーミッシュの人々が暮らしています。

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1972年5月15日、合衆国最高裁判所(U.S. Supreme Court)は、ウィスコンシン州(Wisconsin)の就学義務教育法(Compulsory School Attendance Law)を、アーミッシュ、主にオールド・オーダー・アーミッシュ(Old Order Amish)やメノナイト(Menonite)教会の会員に適用するのは違憲であるとの歴史的な判決を下します。オールド・オーダー・アーミッシュとは18世紀に主にドイツから渡ってきた移民を祖先とする敬虔なキリスト教徒で、厳格に教義に基づいて世俗に染まらない生活を旨としています。裁判では、裁判官7人全員一致の評決となり、義務教育法の援用は、信教の自由行使(free exercise of religion)という憲法修正第1条(First Amendment)の権利を侵害するものであると裁定したのです。憲法修正第1条とは、1791年12月15日に採択された「権利章典」(Bill of Rights)を構成する10の一つで次のような内容です。

Old Order Amish

「連邦議会は、国教を樹立し、もしくは信教上の自由な行為を禁止する法律を制定してはならない。また、言論もしくは出版の自由、又は人民が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない」

この裁判には、ジョナス・ヨーダ(Jonas Yoder)、ウォレス・ミラー(Wallace Miller)、アディン・ユッツィ(Adin Yutzy)というアーミッシュの3人の父親が原告となり、自らの信仰に基づき、14歳と15歳の子どもたちが8学年を修了した後、公立または私立高校に入学させることを拒否したのです。

ウィスコンシン州の就学義務教育法は、子どもたちは少なくとも16歳まで学校に通うことを義務付けているのを理由として3人の保護者を訴えます。初審はグリーン・カウンティ(Green County)裁判所で開かれ、裁判所は州法は統治における「合理的かつ合憲的な行使を規定している」と結論付け保護者は同法違反で有罪となり、それぞれ5ドルの罰金を科されます。しかし、ウィスコンシン州最高裁判所は、アーミッシュへの法律の適用は憲法修正第1条の信教の自由行使条項に違反するとの判決を下します。この判決を不服としてウィスコンシン州教育委員会は最高裁に上告したのです。

Amish Families

1972年5月15日、この訴訟は米国最高裁判所で審議されます。このときの長官はリチャード・ニクソン(Richard Nixon)に任命されたウオーレン・バーガー(Warren Burger)です。最高裁判所は9名の判事からなりますが、この裁判ではウィリアム・レンクイスト判事(William Rehnquist) とルイス・パウエル判事(Lewis F. Powell, Jr.)は評決には参加しませんでした。最高裁は、アーミッシュに対する包括的な調査を行い、「彼らの宗教的信念と生活様式は切り離すことができず相互依存しており、何世紀にもわたってその基本は変わっていない」と判断します。そして最高裁はさらに、中等教育は、アーミッシュの子どもたちを彼らの信念に反する態度や価値観にさらし、彼らの宗教的発達とアーミッシュのライフスタイルへの統合を妨げるだろうと結論付けたのです。最高裁は加えて、アーミッシュの子どもに8年生以降の公立または私立高校への入学を強制すれば、「彼らは信仰を捨てて社会全体に同化するか、他のより寛容な地域への移住を強いられる」ことになるだろうとも結論づけたのです。

Amish Classroom

こうして最高裁は、「義務教育制度に対するウィスコンシン州の利益は、アーミッシュの確立された宗教的慣習にも譲歩しなければならないほど切実な懸念となる」というウィスコンシン州の主張を退けます。そしてたとえ1年か2年の中等教育がなくても、子どもたちが社会の負担になることはなく、彼らの健康や安全が損なわれることもないと判断します。

US Supreme Court Judges

最高裁は、アーミッシュの子どもたちが正式な教育を受けなくとも家族と共に働き、勤労という「非公式な職業教育を継続する代替手段 」を好意的に評価したのです。アーミッシュは学校教育に全て委ねるのではなく、家庭や農場での実践を通して、良き市民を育ててきた長い実績があることを評価されたのです。こうした知見に基づき、最高裁は憲法の信教の自由行使条項に基づき、ウィスコンシン州の就学義務教育法は、アーミッシュには適用されないとの画期的な判決を下したのです。

この裁判では、少数意見をウイリアム・ダグラス(William Douglas)という判事が述べています。つまり、憲法修正第1条の言論や表現、結社、宗教の自由、さらに修正第14条にある市民の広範な権利は保障されるべきであること、しかし、コミュニティにおける8年の教育で十分であるという主張は、果たして子どもの幸福を保障するものかは疑問であるという立場です。ウィスコンシン州対ヨーダ裁判の判例は現在も生きています。