心理学のややこしさ その三十二 「短期心理療法」

オーストリア(Austria) 生まれでアメリカで活躍した心理学者にポール・ワルツウィック(Paul Watzlawick)がいます。 この学者の心理療法についての考え方はユニークなので本欄で取り上げてみます。

通常、心理療法を稼業とする人々はクライアントが自分とそれまでの経歴や行動についての自己理解へと導くことを非常に重要視します。感情的な苦しみと向き合い、行動を変えるには自分の感情の揺れがどこにあるかを理解する必要があると考えるからです。こうした過程は通常「洞察」と呼ばれます。クライアント中心の徹底的な傾聴に終始し、あくまで非指示的受動的な姿勢を療法家は保ちます。

solution or problem concept with roadsign isolated on white background

‘The pain in my head always seems to subside when I flush your bills down the toilet!’

この「洞察」を深めるには時間がかかります。心理療法者は根気強くクライアントが感情を表現するのを待ち、ときにその言葉に同意したり共感していきます。ところがワルツウィックは、こうしたクライアントが過去の出来事を理解し、自分を掘り下げていくような深い理解の結果、当人が変化する事例などはないと言い切るのです。過去の出来事の理解が現在の問題に光を投じる助けとなるという信念は、因果関係を短絡的にとらえる考え方に影響されているともいうのです。きわめて斬新的な発想です。

ワルツウィックは、人は繰り返し同じような行動に立ち戻る傾向があるのであるために、ときに「洞察」は現実の問題ならびに、潜在的な解決の双方について目眩ましとなるとも主張します。クライアントの症状を和らげ解決するには、現在の悩みと生活状況を中心にして話し合いがなされるべきだというのです。

「短期心理療法(Brief Therapy)」とか「時間制限心理療法」は、具体的な問題や症状を出来るだけ早く改善するために、積極的に助言したり介入していく方法のことです。治療目標を定め、悩みの焦点化を積極的に促進していきます。ワルツウィックはこうした短期療法のアプローチに同意しています。