イギリスには「ノンセンス文学」(Non-sense)という笑いを表現する伝統があります。風刺やパロディ(parody)が社会批判の役割を持った攻撃性の強い笑いものとすれば、こちらは比喩や言葉遊びーおかしみー要素が強いのが特徴です。「ノンセンス」の多くは本質的にはユーモアに属するようですが、「意味をなさないこと」によって成立するユーモアで満たされる文学です。民謡や童謡、民話や民衆劇、言葉遊びといった口承を起源とするもので、今も広く読まれるマザー・グース(Mother Goose)やナーサリーライム (Nursery Rhyme)として慕われています。言葉の操作による意味と無意味との戯れが見られるのも特徴です。社会的緊張から間隔をとり、つかの間の自由と解放を求めるのです。こうした話で登場する笑いは心理的安全弁の役割を果たしているといえましょう。
ブラック・ユーモア(Black Humor)はブラック・コメディ(Black Comedy)とかダーク・コメディ(Dark Comedy)呼ばれ,、倫理的に避けられるタブーや市民のモラルである一般的な見方や考え方に挑発をしかけ、笑いをさそうものです。人間社会の生死・戦争・差別・偏見・政治など倫理的に避けられるタブーを笑い飛ばそうとして、風刺的な描写で笑いをさそいます。ブラックユーモアは多くの国で親しまれていますが、特にイギリスで好まれており、様々な文化で優れた作品例が育まれてきた歴史があります。前述したスウィフトがその典型です。
ジョーク(Joke) については学術的な研究も行われています。マービン・ミンスキー(Marvin L. Minsky)という人工知能の研究者は、一般大衆向けに書かれた著書の『心の社会』の中で、笑いは人間の脳に対して特殊な機能を持つと述べています。彼によれば、ジョークと笑いは脳が無意味を学ぶメカニズムと関係するとのことです。同じジョークを繰り返し聞くとあまり面白くなくなるのはこの学習のためといわれます。
喜劇、落語、漫才、川柳、漫談、ユーモア、駄洒落、風刺などの笑いは、人々が求める需要に応じて供給される商品のような性格が強いようです。綾小路きみまろの漫談がそうです。種の笑いは社会的制裁や批評機能を強めていくよりも、前述してきたような社会的安全弁の役割を持っています。笑うことで全身の内臓や筋肉を活性化させたり、「体内で分泌されるモルヒネ」といわれるエンドルフィン(endorphins)を血液中に大量に分泌させるなどの他に、免疫力を高める効果もあることが証明されつつあります。