認知心理学の面白さ

心理学の歴史は長いのですが、東欧や西欧の人々、特にユダヤ系の人々が心理学の発展を支えてきた経緯が私の興味を引き立ててくれます。このシリーズでは20世紀から遡りながら認知心理学の発展を考えていきます。

20世紀の中葉にかかるとそれまでの心理学界に大きな変化が生まれます。当時の二つの流れであった精神分析的なアプローチと行動主義アプローチが認知心理学の考え方によって脅かされていきます。精神分析の分野では、それに代わるようなモデルは現れませんでした。精神分析の基本的な観念や無意識の研究は、その心理療法にも共通していたといえます。

しかし、それまでの心理療法に疑問を投げかけたのはアーロン・ベック (Aaron Beck)です。彼はロシア系ユダヤ人の移民の息子でした。精神分析療法は人の無意識を掘り下げ、今生じている疾患を解消しようとします。他方、認知療法は人々が自身の経験をどう知覚しているかを検討することを重視します。ベックの認知療法は、その知覚がどれほど歪んでいるかを人々が認識し、その状況を評価するうえでの最も合理的だ様々な可能性を秘めた考え方を見いだす助けを示します。例えば仕事で地方への転勤話を持ちかけられたとき、「単身赴任はいやだ、家族は反対する。」と否定的な考えを口にしがちです。状況が不安や不幸へと導くとされます。しかし、転勤話をもっと合理的に考える道は、たとえばそれを挑戦の時とか自分の能力を発揮する機会だ、と前向きにとらえるのです。

認知療法は精神科医であるヴィクトール・フランクル(Victor Frankl)などによって発展されます。彼はアウシュビッツ収容所を生き抜き「時代精神の病理学」、「夜と霧」の著作でロゴセラピー (Logotherapy) を提唱します。ロゴセラピーでは、人は実存的に自らの生の意味を追い求めており生活状況の中で「生きる意味」を充実させることが出来るように援助することといわれます。

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ヨーロッパの小国の旅 その三十四 デンマークとアンデルセン童話

中世期頃からのデンマークの歴史です。11世紀初頭の30年間にはクヌート大王(Knut I the Great)が北海帝国(North Sea)として、デンマークとイングランドを統治します。1397年にデンマーク王母のマルグレーテ(Margrete I)によって、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの3ヶ国による、デンマークを盟主にしたカルマル同盟(Kalmaru Union)が結ばれます。

やがて海軍も強化し、宿敵であったハンザ同盟(Hanseatic League)を破って、バルト海の盟主にもなるのがデンマークです。ハンザ同盟とは、中世後期の北ドイツの都市による都市同盟で、バルト海沿岸地域の貿易を掌握し、ヨーロッパ北部の経済圏を支配していました。こうして、デンマークは北海からバルト海をまたぐ超大国となります。

第一次世界大戦ではデンマークは中立を維持しますが、第二次世界大戦では1940年にナチス・ドイツによって宣戦されると、国王クリスチャン10世(Christian Carl Frederik)は即座に降伏を選び、デンマークはドイツの占領下に置かれることになります。初期はモデル被占領国と呼ばれますが、クリスチャン10世は反ナチ運動家を保護し、民族主義およびナチス支配へのレジスタンス運動を支援し、したたかな政治家であったと後に評価されています。

Hans Christian Andersen

アンデルセン童話(fairy tales)でおなじみのアンデルセン(Hans Christian Andersen)の母国としてなじみがあります。「マッチ売りの少女」「みにくいアヒルの子」などの作家です。また、コペンハーゲンの有名な遊園地チボリ公園(Tivoli)は倉敷駅の北側に造られるほどです。

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