認知心理学の面白さ

心理学の歴史は長いのですが、東欧や西欧の人々、特にユダヤ系の人々が心理学の発展を支えてきた経緯が私の興味を引き立ててくれます。このシリーズでは20世紀から遡りながら認知心理学の発展を考えていきます。

20世紀の中葉にかかるとそれまでの心理学界に大きな変化が生まれます。当時の二つの流れであった精神分析的なアプローチと行動主義アプローチが認知心理学の考え方によって脅かされていきます。精神分析の分野では、それに代わるようなモデルは現れませんでした。精神分析の基本的な観念や無意識の研究は、その心理療法にも共通していたといえます。

しかし、それまでの心理療法に疑問を投げかけたのはアーロン・ベック (Aaron Beck)です。彼はロシア系ユダヤ人の移民の息子でした。精神分析療法は人の無意識を掘り下げ、今生じている疾患を解消しようとします。他方、認知療法は人々が自身の経験をどう知覚しているかを検討することを重視します。ベックの認知療法は、その知覚がどれほど歪んでいるかを人々が認識し、その状況を評価するうえでの最も合理的だ様々な可能性を秘めた考え方を見いだす助けを示します。例えば仕事で地方への転勤話を持ちかけられたとき、「単身赴任はいやだ、家族は反対する。」と否定的な考えを口にしがちです。状況が不安や不幸へと導くとされます。しかし、転勤話をもっと合理的に考える道は、たとえばそれを挑戦の時とか自分の能力を発揮する機会だ、と前向きにとらえるのです。

認知療法は精神科医であるヴィクトール・フランクル(Victor Frankl)などによって発展されます。彼はアウシュビッツ収容所を生き抜き「時代精神の病理学」、「夜と霧」の著作でロゴセラピー (Logotherapy) を提唱します。ロゴセラピーでは、人は実存的に自らの生の意味を追い求めており生活状況の中で「生きる意味」を充実させることが出来るように援助することといわれます。

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日本にやって来て活躍した外国人 その三 ザビエルと琵琶法師ロレンソ

サビエルは山口の街角では毎日二回説教し、神の福音を説いていきます。集まった者から宗教以外の色々の質問にも答えたいわれます。サビエルは修道院でいろいろな学問を修めていたので、自然界のこと、例えば地球の形、太陽の動き、雷や稲妻、雪、雨等の天文や気象に関するもの、自然科学に関する問いに答えたようです。

布教を通して有力な信者を得ていきます。そのうちでも盲人の琵琶法師は最も知られています。山口の街角でザビエルに出会い、自身の疑問をぶつけザビエルの回答を聞く中で、キリスト教の教えを理解し、やがてロレンソ(Lorenzo)という洗礼名を受けます。ロレンソは後に京阪神方面で活動し、織田信長や豊臣秀吉にも福音を説き、やがて高山右近等の名高いキリシタン大名を得ていきます。サビエルの生涯で、ロレンソなどの弟子を育てた山口での伝道活動は最も充実していたようです。

山口ザビエル記念聖堂

1551年11月に鹿児島のベルナルド(Bernard)、マテオ(Matthew)、ジュアン(Juan)、アントニオ(Antonio)という洗礼を受けた日本人青年4人を同行させ、ザビエルはトーレス(Tores)神父とフェルナンデス(Fernandez)修道士らを残して日本を離れます。神父というのはトリック教会の司祭で、修道士とは清貧や貞潔、服従の誓いをたてた者です。

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