第二話

教育相談は保護者には避けられない通過点である、を拝見して頭の中にこんなストーリーが浮かびました。

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A先生とB先生という2人の教師がいる。A先生は酒も煙草もやらず品行方正そのものだが、授業は通り一遍で生徒がなかなか理解しづらく、人望もなければ、生徒の成績も上がらない。
一方のB先生は、学級経営はユニーク、授業も面白く、落ちこぼれていた生徒もグイグイ成績が上がっている。調子のいいときは輪をかけて底抜けに楽しく、生徒に好かれ、保護者受けもいい。が、酒、煙草はもとより、ときどき大麻を吸引していることがわかり懲戒免職になってしまった。

あなたは、わが子をどちらの先生に習わせたいですか?」
私は「わが子に危害が及ばない限り」を前提に、B先生を選びます。ずるい前提ではありますが。

別の例として「親と子ども、両方が目の前で溺れていたら、どちらを助けますか?」
日本人はこのようなディベートをほとんどしない、と言われますが、やってみると面白いのかもしれません。
教育相談の実情といえば、学業、いじめや不登校、発達課題、進路などについて担任面談や3者面談などを利用して行われることが多い。教育相談とは、元はといえば「教育上のカウンセリング」という訳語からきている。カウンセリングというと、正確には教師は聞き役で、あまり積極的な提案はしない。だが、学校現場での教育相談は、ケースによっては積極的に提案をせざるを得ないことも多く、「教育相談」という表現の方が適切だろう。そうであれば、具体的な支援の説明によって悩みの解決や改善に結びつく場としなければならない。「学校の先生には理解できませんよ」ではなにおか言わんやである。

これからはスクールカウンセラーと担任と保護者の3者面談が必要である。

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