ナンバープレートを通してのアメリカの州  その四十五 ペンシルベニア州–Amishとバギー

アーミッシュの移動手段は、歩くことかバギー(buggy)と呼ばれる軽馬車を使うことです。馬車は黒か黄色に塗られて、買い物、荷物運び、礼拝などの集まりなどに使われます。自動車といった発明品は使わないという主義です。近代的な農機具を制限することで、土地所有の欲望を抑え、次世代のための労働の場を確保しています。結果として良い土壌と品質の高い作物を収穫しています。

Amish and Buggy

アーミッシュの人々にも近代化や科学技術の影響が伝わっています。彼らの伝統的な生業といえば、農業や酪農が中心でしたが、現在はスキルを獲得し、工場やレストランなどを経営したり、製造業や商業施設で働く人々が多いことです。重油を使って農耕機械を動かし、木工作業を行い、ガスを使ってビニールハウスを暖めたりしています。電気を購入することはしないようです。

Buggy Ride

アーミッシュ女性の手作りによるキルト(quilts)は有名で多くの観光客に喜ばれる品です。自分たちの衣服などに使う無地の布地、空の青、聞きの植物の緑、大地の茶や黒といった傾向の色を好んだことで、全体に深みを感じさせるパタンが伝統的です。キルトを販売し収入を得ることもアーミッシュ生活の変化を示すようです。女性にとって洗濯は重労働です。乾燥機は用いず、旧式な洗濯機をジーゼルエンジンやガスで動かします。アーミッシュのグループによっては手動の装置しか使いません。脱水はローラーに挟んで絞るのです。

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その四十四 ペンシルベニア州–Amishの文化と生活

アーミッシュには、(Ordnung)という戒律のような信仰告白があり、生き方の指針として次の教えを大切にしています。それは洗礼、人類愛、絶対平和、近代文明への非協調、聖書に従順といったことです。謙虚さ、家族、共同体、世俗社会からの独立などを大切にし、原則として人生の快楽を求めることは禁止されています。こうした教義からアーミッシュが、質素でつつましい人々(plain and simple people)と呼ばれる所以です。聖書の講釈においては厳格主義を貫きます。自由な解釈を許さないという立場です。ここで私どもが誤解していけないことは、アーミッシュはカルト集団とか禁欲的な集団ではないということです。良き農業者となることを喜びとする穏やかな人々です。

Buggy

教会生活のことです。教会堂という建物を持たず、隔週の日曜日に持ち回りでそれぞれの家庭で礼拝が執り行われます。大きな会衆が集まるときは、納屋を使うこともあります。このことからハウス・アーミッシュとも呼ばれます。歌われる聖歌は、16世紀のヨーロッパで迫害を受けていた再洗礼派によって作られたものです。無伴奏でユニゾン(単声)で歌います。礼拝を主宰する家では、いろいろな準備をし、礼拝後の昼食を振る舞います。その仕事は女性が受け持ちます。

アーミッシュ生活や文化の特徴は、服装などに表れます。質素な生地を使い自分たちで裁縫した服を着ます。男性や少年は、つばの広い黒い帽子をかぶり、吊り紐のついた黒いズボン、黒い靴下と黒い靴をはきます。女性や少女は、ボネット(bonnets)と呼ばれる白い帽子をかぶり、長いドレスと袖なしのマント(capes)、黒い靴下に黒い靴をはきます。ボタンは使わずフックを用いた自家製の服です。男性は、結婚すると顎髭を伸ばします。口髭は禁止されません。女性は髪を刈らずに後頭部で束ね、イアリングなどの飾りを身につけることは許されません。アーミッシュは、結婚すると生涯添い遂げます。離婚という概念がありません。

Barn Raising

隣人が総出で手伝う納屋の棟上げ(barn raising)がアーミッシュの伝統です。近隣から大勢のアーミッシュが集まって、納屋や家を建てるのです。女性達は、手伝う男達の食事づくりに専念します。アーミッシュの人々は写真を撮られるのを避けます。人々の姿は後姿か横顔が分かる位の写りとなっています。家の中でも家族や祖先の写真を飾ることはしません。「

Barn Raising

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その四十三 ペンシルベニア州–その1 Amishとは

ペンシルベニア州といえば、キリスト教との一派であるアーミッシュ(Amish)と呼ばれる人々の文化と生活で知られる州です。これから3回に渡ってアーミッシュの文化や生き方の特徴を考えていきます。

Amish Family

アーミッシュとは、キリスト教の再洗礼派(アナバプテスト–Anabaptist)と呼ばれる人々です。成人してから自らの意志で洗礼を受けることを特徴とする一派です。こうしたキリスト教徒はメノナイト(Mennonite)とも呼ばれています。政教分離を唱え、政治的な宣誓や戦争を拒否します。良心的兵役拒否という姿勢です。

ヨーロッパの再洗礼派の教徒は、カトリック教会はルーテル教会などのプロテスタント教会から、異端とか熱狂主義者と呼ばれ非難され、反宗教改革的な存在として迫害を受けます。再洗礼派が次第に教会本来の純粋さを失ってゆくとともに、17世紀後半にスイス人のヤコブ・アマン(Jakob Ammann)がメノナイトを離れアーミッシュと称していきます。アマンは当時の正統的なキリスト教会やその教えに対して異議を唱え、迫害を受けます。彼とその信奉者は、フランス北部のアルザス(Alsace) やドイツ、オランダなどで布教活動を始めます。教会から異端視され迫害を受けていきます。

Amish quilts

迫害が止まないために、18世紀の前半に信徒達はアメリカ大陸に移住を開始します。最初に植民地として選んだのが東部ペンシルバニア州です。その後オハイオ州、インディアナ州、イリノイ州、ウィスコンシン州、ネブラスカ州などの中西部に移動し入植します。アーミッシュは、ドイツ系移民で、ペンシルベニア・ダッチ(Pennsylvania Dutch)とも呼ばれています。ダッチ(Dutch)は、オランダ語のことではなく、ドイツ語の”Deutsch”に由来し、古くはドイツ人のことを指しました。

ナーンバープレート その四十二 ペンシルベニア州–Keystone State

ペンシルベニア州(Pennsylvania)の名前の由来から始めます。この地にイギリスからやってきた商人でクエーカー教徒(Quaker)であったWilliam Pennという人がいました。やがて貿易などで成功したPennにイギリスは領地を分け与えます。そして植民地とします。ペンシルベニアには豊かな森が広がります。ラテン語で森を意味する「Sylvania」にPennをつけたというわけです。

Map of Pennsylvania


その後、ペンシルベニアは開拓されて植民地化されていきますが、Pennらはその地の自治を求めて自由憲章の草稿を書き、イギリスからの独立を目指していきます。信教の自由、公正な裁判、主権を持つ人民により選ばれた代表、三権分立などの精神を訴えます。こうした考えは、後にアメリカ合衆国憲法の基本になる考えとなります。

ペンシルベニア州は北東部の州と南部の州、大西洋岸と中西部を結ぶ地点にあることから、キーストーン・ステート(Keystone State)「礎石の州」とも呼ばれます。エリーやオンタリオ湖に面し、北はカナダとニューヨーク州に接し、東はニュージャージーにつながっています。形は横長の州です。

州都はハリスバーグ(Harrisburg)。州の西には重要な河港を持つピッツバーグ市(Pittsburgh)、東には自由の鐘や独立記念館で有名なフィラデルフィア市(Philadelphia)があります。フィラデルフィアは独立後、1790年から1800年まで連邦政府の首都となります。南北戦争の激戦地でリンカーン大統領(Abraham Lincoln)の演説で有名はゲティスバーグ(Gettysburg)など史跡が多い州でもあります。ピッツバーグ一帯や東部のベツレヘム(Bethlehem)一帯には多くの製鉄都市があり、鉄鋼、機械、化学、繊維、食品などの製造業が発達しています。製鉄を支えるのはアパラチア(Appalachia)炭田で、全米の無煙炭の大部分を産出しています。

National Independence Park

教育研究の中心は、カーネギーメロン大学(Carnegie Mellon University)、ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)、アイビーリーグ(Ivy League) の一つペンシルベニア大学などです。ペンシルベニア大学は1765年にアメリカで最初の医学部を設置します。今も医学や公衆衛生の分野でアメリカの開拓者的存在として知られています。日本でも人気のあるフィラデルフィア管弦楽団(Philadelphia Orchestra) はこの州にあります。

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その四十一 ヴァモント州–Green Mountain State

ヴァモント州(Vermont)はアメリカ合衆国北東部のニューイングランド(New England)地方の内陸にあります。北はカナダのケベック州に、東はニューハンプシャー州、南はマサチューセッツ州、西はニューヨーク州に隣接しています。州都モントピーリア(Montpelier)は全米で最も小さい州都といわれています。最大の都市はバーリントン(Burlington)なのですが、この町も全州の中での最大の都市に比べて最も小さい都市といといわれています。少々おかしみがあります。それだけ小さい州というわけです。

Stowe, Vermont


 
ヴァモント州最大の産業は観光です。畜産業も盛んです。観光客の多くはインターステート(高速道路)で数時間の距離にあるニューヨークやボストンからやってきます。豊かな自然を売りにしてスキー、サイクリング、キャンプ、フィッシングの鱒釣りなどが盛んです。秋はりんご狩りなどに大勢の観光客が訪れます。この州で忘れられないのはメープル・シロップの生産です。全米で最大の生産量を誇っています。サトウカエデの樹液を集めて精製します。シロップの琥珀色は薄いほど高級となります。メープル・シロップは熱いパンケーキなどにかけてバターと一緒にいただくと最高ですね。

Stowe, Vermont

州の多くは山岳と森林で占められています。気候は内陸性ですから夏は暑く、冬は相当「しばれ」ます。ニューイングランドの紅葉は格別です。州の愛称は「Green Mountain State」でこれがナンバープレートに書かれています。プレートも緑色で、こだわりを感じます。

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その四十 メリーランド州–Old Line State

メリーランド州(Maryland)のナンバープレートです。州のニックネームであるOld Line State(憲法を署名した由緒ある州)とかFree State(自由を求める州)などが記されています。Old Line Stateとは合衆国最初の憲法を7番目に署名した州という意味です。州名の発音が心地良い響きもっています。

メリーランド州の歴史ですが、1649年に清教徒がプロビデンス(Providence)の名前で植民地を作ります。州の議事堂は木造で、合衆国最古の議事堂といわれます。メリーランド州はワシントンDCのすぐ北隣りにあり、ペンシルバニア州(Pennsylvania) やデラウエア州(Delaware)とも境をなしている大西洋岸の州です。州都はアナポリス(Annapolis)、最も大きな町はバルチモア(Baltimore)です。

Map of Maryland

州都アナポリスには海軍士官学校(海軍大学)(Naval Academy) があります。海の側にあるほれぼれするほど綺麗なキャンパスと街並です。ニューヨーク州のウェストポイント(Westpoint) にある陸軍士官学校(陸軍大学)と並び、合衆国の幹部将兵を育てるこの海軍士官学校は、1845年以来の歴史を有しています。1976年からは女性の入学も認められています。

Annapolis

メリーランド州の人々の一人当たりの平均収入は2007年から連続全米一となっています。これは、ワシントンD.C.に通う人々が多いこと、ハイテクの産業が多いことなどが理由となっています。350余りのバイオテクの企業が多いのも特徴です。そしてメリーランド大学(University of Maryland)が科学者や研究者などの専門家を輩出する中心となっています。農業が盛んなのがアメリカのどの州にも共通する特徴です。メリーランド州もそうです。キュウリ、スイカ、スイートコーン、トマト、マスクメロン、カボチャ、梨などが採れます。

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その三十九 メイン州–Vacation Land

合衆国本土の最東北部に位置する小さな州がメイン(Maine)です。州都はオーガスタ市(Augusta)。メイン州の海産物はなんといってもロブスター(lobster)そして貝類(clam)。その他、家禽及び卵、乳製品、牛、ブルーベリー、リンゴ、そしてメイプルシロップ(maple syrup)です。他にも産業生産で高いのは高は材木及び製紙です。サトウカエデの樹液を煮詰めて濃縮したシロップは香りがよいです。合衆国の海軍基地を控え造船も盛んな地です。北、東、西側はカナダと長く国境線を有し、南は大西洋がひろがる州です。州の内部には森林が広がり、海岸線は観光地として知られています。メインはニューイングランド(New England)の一部です。

Map of Maine

現在メイン州となっている領域には数千年前から先住インディアンが住んでいました。ヨーロッパ人が接触した時にはアルゴンキン語(Algonquin language)族の数部族がいました。ヨーロッパ人による最初の開拓地は、1604年にフランス人、ピエール・ヂュビア・シール・モン(Pierre Dugua, Sieur de Mons)がサンクロア島(Saint Croix Island) に開拓地をつくります。その後1607年にイングランド人によってポパム植民地(Popham Colony)がつくられますが、わずか1年後に放棄されます。やがて1620年代に海岸線に多くの開拓地が設立されますが、過酷な気候や物資の欠乏、地元インディアンとの抗争により植民地化はうまく進みませんでした。

Coast line of Maine

アメリカ独立戦争や米英戦争のとき、アメリカの愛国者とイギリス軍がメインの領土を巡って争います。1820年まではメイン地区としてマサチューセッツ州に属していましたが、1820年の住民投票でマサチューセッツ州からの分離を決めメイン州として独立します。

メイン州は死刑廃止を掲げています。2009年に合衆国で最初に同姓結婚が合法化されます。全土の90%が森林で、「松の木の州」とも呼ばれています。ナーンバープレートには「Vacation Land」とあります。観光の州をうたっています。多くの州立公園があり、キャンピングなどアウトドアでも盛んなところです。豊富な海産物を背景に観光客には、必ず立ち寄るのが海産物を用意しているレストランです。

ナンバープレートを通してのアメリカの州  その三十八 ミネソタ州–10,000 Lakes

カナダと国境を接し、ウィスコンシン州の西隣に位置するのがミネソタ州(Minnesota) です。州都はセントポール(St. Paul)。その隣は最も大きな都市、ミネアポリス(Minneapolis)とです。この二つは隣合わせなので「双子の都市」(Twin Cities)と呼ばれています。

Map of Minnesota

ミネソタ州の人口ですが、白人が88%を占めます。先祖は北欧やヨーロッパの移民のようです。ミネソタの風土や気候が似ていたからでしょう。あまりにも寒いところなので、有色人は少ないように思われがちですが、ラオス/タイ/ベトナムから多くの難民を受け入れている州としても知られています。これらの人々はアメリカではMon(モン族)と呼ばれています。

Missouri River

双子の都市ではプロ野球球団のMinnesota Twinsがあります。フットボールではMinnesota Vikingsが知られています。精密機器などの産業でも有名です。小麦や大麦など穀物の集散地であります。穀物市場を席巻するカーギル(Cargill)や3Mなどの本社もあります。カーギルは人口衛星を使い全世界の穀物の成育や生産状況、消費の情報を基に経営戦略を練り、穀物メジャーとも呼ばれています。

この州のナンバープレートには「10,000 Lakes」と印字されています。無数の湖で知られています。昔、氷河がミネソタ全体を覆っていたようです。氷河はゆっくり移動しますが、そのとき大地を削っていきます。それが基で湖が出来たというわけです。あまりに沢山の湖があるので、目的地に着くには大分迂回しなければならないということを友人から聞いたことがあります。湖が多いので蚊の大群に見舞われます。ミネソタ州の鳥(state bird)は蚊だ、というジョークもあります。

ミネソタ州といえば、ポール・バニヤン(Paul Bunyan)という巨人です。アメリカ合衆国やカナダの民話に出てくる伝説上の怪物です、西部開拓時代の怪力無双のきこりで、ベイブという大きな雄牛や愉快な仲間数人を連れて、アメリカ全土の木を伐って歩き、五大湖やミシシッピ川をつくったという民話があります。開拓民が苦しい生活から生み出した話です。

Paul-Bunyan