心理学のややこしさ その二十二 記憶術と古代ギリシャ人

「記憶」という話題は、古代ギリシャの人々にも大いなる関心事だったようです。記憶の助けとなる特定の単語や詩を利用し、ものを覚える技法として記憶術を活用していたといわれます。記憶術は英語で「mnemonics」。その語源はギリシャ神話(Greek mythology)に登場する女神ニーモシュネ(Mnemosyne)にあります。記憶術はまたの名を「Art of Memory」ともいわれます。ギリシャ神話は多くの神々が登場する古代より語り伝えられる伝承文化のこととされます。

「記憶トレーニングの父」といわれたのがギリシャの叙情詩人、シモニデス(Simonides)です。彼は、記憶を鮮明に保つ方法は順序や場所と関連付けられた場合のことであるというのです。記憶するには、まずは何かの場所を選ぶ、次いで記憶したい物事のイメージを描く、そしてそれぞれの場所に関連付けていくというのです。これは「座の記憶方法」(mental locations or journeys)と呼ばれています。

「座の記憶」に関するエピソードです。あるときシモニデスはスコーパス(Scopas)という貴族の家に招かれて詩を朗読します。シモニデスが中座したとき、食堂が崩壊しそこにいたものが皆下敷きとなって身元がわからなくなります。シモニデスは、坐っていた人々の位置を順に想い出して一人ひとりの亡骸を見分けたというのです。

近代における記憶の研究は、エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)が端緒であるといわれます。エビングハウスはルター派の商家の家に生まれ、17歳のときボン大学 (Universitat Bonn)で哲学を学びます。1870年に勃発した普仏戦争に従軍し、その後ベルリンへ移り記憶の研究を始めます。1885年に「記憶についてー実験心理学への貢献 (Memory: A contribution to experimental psychology)」という著作を刊行します。